「外国にルーツを持つ子どもたちが直面する就学問題」フォーラム
多文化共生センター東京編【後編】

「外国にルーツを持つ子どもたち」が学校に行けないという状況。なぜこのようなことが起きているのか、どのようなことが「問題」なのか。そして、「外国にルーツを持つ子どもたち」が輝くことのできる社会とはどのようなものなのか。 外国にルーツを持つ子どもたちの高校進学支援をサポートしている認定NPO法人、「多文化共生センター東京」代表理事の王慧槿さんに、お話を伺いました。

外国人にとって住みやすい国、日本

200万人を超える在留外国人。
彼らが日本にやってくる理由を王さんはこう説明する。「外国人がたくさん移住できる国というのは、その国に彼らができる仕事がたくさんある、ということです。例えば東京にいれば、世界各国のカレーを食べることができます。そのカレーは多くの場合、現地出身の料理人たちが作っています。

さまざまな国のサービスが溢れる日本では、さまざまな国から来た人が仕事を見つけやすい環境があるようです。」永住許可を受けやすい、というのも理由のひとつだ。

「税金を納め、日本に10年以上在留し、そのうちの5年以上は就労資格または居住資格を持って在留していれば、日本の永住許可はかなり取りやすくなります。これは日本が安定した在留資格を持ちやすい国だ、ということを意味します。」

仕事を求めて来日した親たちの子どもたちにとっても、日本は住みやすい国だという。「一世の人たちは自分の親のケアなどのためにも将来的に母国に帰ろうと思っている人もいますが、日本で生まれた二世以降の子は日本に住み続けたいと思っている子の方が圧倒的に多いですね。日本の安全さと清潔さは外国から見れば非常に魅力的なようです」と王さんは言う。

「親」「学校」「行政」――外国ルーツの子どもたちが衝突するもの

仕事を見つけやすく、生活基盤も整えやすいという点では外国人にとっても住みやすい日本。しかし、これは外国ルーツの子どもたちが「何不自由なく生活できる」ということを意味するわけではない。

住みやすいかどうかに関わらず、「自分はなぜここにいるのか」と悩む子は多い。親の都合で「日本に行く」と言われたら、たいていの子どもには一緒に行くという選択肢しかないだろう。
親と共に来日せざるを得なかった子どもたちは「出身国にいた方がいい暮らしができた(日本の住居が来日前と比べて狭い場合も多い)」「出身国にいれば言葉で不自由を味わうこともなかった」という不満や「なぜ日本に来なければならなかったの?」という疑問を抱え、それらがうまく解消されないことが原因で親と衝突しがちになったりすることもある。

教育現場や行政機関についても、外国ルーツの子どもたちが直面する問題に対しては十分な対応がとられておらず、結果として不利益を被る子どもたちが生まれてしまっている。子どもを呼び寄せる前にセンターへ相談に来る親もいるが、センターの存在を知らずに入試直前になって相談に来る親もいる。入国時に関係機関からの情報提供がなされるのが好ましいが、そのような対応はなされていない。

なお、2012年7月に外国人登録制度が廃止され、代わりに「在留カード」が交付される日本国民と同様に住民基本台帳制度の下で登録できるようになるようになったが、そこに学校に通う子どもがいるかどうか記載する項目はない。「その項目があれば、外国ルーツの子どもたちの就学状況をきちんと把握できるのに…」と王さんは言う。

圧倒的に不足する情報と固定化されたシステム

外国ルーツの子どもたちの高校進学を難しくしている原因の1つは、日本の小・中学校の卒業生を前提とした受験制度だと王さんはいう。

「外国ルーツの子どもたちが高校受験をするには、第一に受験資格を得る必要があります。受験資格の取得には多くの場合、出身国での成績証明書の提出を求められます。

日本であれば簡単に手に入るものかもしれませんが、海外の成績証明書は日本のものと記載内容が違ったり、発行をしてもらうことが不可能に近い場合もある。でもその書類を提出しないと、試験を受ける資格さえ得られないこともあり得ます。」

義務教育であるはずの小・中学校でも、相談に行った学校から「もっと日本語を勉強してから来なさい」と門前払いを食らう子も少なくない。しかし後日、センターの職員が同行すると受理されるケースも多く、制度だけではない壁もありそうだ。

外国ルーツの子どもたちが増えるのであれば、それに対応できる教師も求められるが、教師の育成もまたいわゆる日本の小・中学生を前提としたものになっている。「子どもへの指導には、彼らのバックグラウンドを理解することが必要だが、子どもに出身国を聞くことをためらう教師は多い。どんな子どもも平等に扱うべきという考えから、日本人ではない子に国籍を聞くこと自体差別につながりかねないと思いこむ教員もいるようだ」と王さんは言う。

「母語・母文化」が育むもの 「私は誰なのか」を知るために

外国ルーツの子どもたちの教育においては、彼らが自分の母語や母文化を維持するサポートも必要だ、と王さんは言う。

日本で生まれ育った子、日本滞在の長い外国ルーツの子どもは日本文化に慣れ親しんでおり、立ち振る舞いや思考、感覚は日本的であるが、それゆえに親世代のそれらとの違いに悩む。親がどっぷりつかって育った母国語や母文化は、日本文化に慣れ親しんだ子どもたちに自然に受け継がれていくわけではない。文化とは日々の生活の中に溶け込んでいるものなので、「母語・母文化が尊重される」環境にいなければ、身につかないのだ。

特に、母語を習得していない外国ルーツの子どもたちにとって「母語をいかに学ぶか」は重要な問題だ。「母語ができるかできないかは、自分のアイデンティティ(※)に深く関係します。母語ができれば、自国の歴史や文化を学びやすくなるし、歴史や文化を知ることがアイデンティティを形成するからです」と話しながら、王さんは教育の中での「母語保障」の大切さを訴える。

両親は仕事で忙しく不在がちで、日本語しか話されない環境で日本の教育を受けて育った子どもたちは、日本語の不自由はないかもしれないが、自国の文化を知る機会を失っている。

※ アイデンティティ…自己同一性。「自分は自分であり、他人とは違う存在である」という意識。

▼母語がわからないことで起こる負の現象

名前の呼び方ひとつをとっても、文化についての考察へと広がっていく。外国ルーツの子どもたちの名前は、日本人が不慣れな発音で読みづらかったり、とても長かったりすることがあるが、「読みづらい」「笑われるから」といった理由で学校では本名を使わないという子もいる。

名前というのは本人証明をする際に非常に重要なものであり、アイデンティティにもつながるものなので本来ならば本名を使えることが望ましいが、日本も現状では制度として「通名」を認めており、彼らが本名を使わないことを容認してしまう環境がある。

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「外国にルーツをもつ子ども」が輝ける社会とは

外国にルーツを持つ子どもたちが直面している就学問題は、深刻だ。

国連人権委員会における「子ども権利条約」でも18歳未満の子どもたちは教育を受ける権利を持っているとされている。しかし日本では、各種制度による制限や現状に流される形で教育の機会が与えられないこともあり、外国ルーツの子どもたちの就学環境は決して恵まれているわけではない。

けれど、センターで日々外国にルーツを持つ子どもたちに接している王さんは、彼らの強みをしっかりと理解し、そこに希望を見出している。

「外国ルーツの子どもたちは、自分で問題解決をすることが上手です。彼らは親に聞いてもわからない問題を、自分で解決するしかないので、それに必要なスキルが身につくのでしょう。忍耐力もありますよ。それに、コミュニケーション能力も非常に高い。日本語がわからないから最初は苦労しますが、自分の強みを発揮さえできれば、クラスの人気者になる子も多いんですよ」と、外国ルーツの子どもたちの強みを説明する。

「日本の人口はこれからどんどん減っていくといわれている中で、永住許可などの制度を見れば、日本はすでに外国人に門戸を開いている状況があるんです。それならば、外国ルーツの子どもたちに対する教育システムも、整備を進めなければいけないはずです。」

「同質的な人同士で話をするよりも、異質な人にも入ってもらった方が発見が多いのではないでしょうか。たとえばトイレのスリッパを、間違えて脱がずにトレイを出てしまったとします。そのスリッパのまま、畳の部屋とリビング、キッチンのどこに上がられたら一番嫌かを聞くと、多くの日本人は『畳』と答える。外国人に聞いたら、たいていの人が『キッチン』と答えますよ。日本人には『畳の部屋にはスリッパであがってはいけない』という常識や習慣が文化として受け継がれていますが、その確たる理由についてはたいていの人が知らない。

理由さえ考えたことがないんですよね。けれど、外から来た人に問われたら『あれ!?』と思う。日本に住む人が自分たちの文化の『根っこ』を知りたいと思ったら、『外からの人』に出会わないと、気づきづらいんです」。

「平等」の限界と「公平」の可能性、日本の選択する方向は

外国ルーツの子どもたちも、日本社会の中で育てば当たり前のように日本の高校や大学に進学し、日本の企業に就職したいと思っている子が多い。そういう子たちは、いわゆる日本人と同じように、もしくは日本人として日本を支える一員となり得るはずだ。

しかし、今の日本の社会で行われている入試や就職試験では、日本人と同じだけの日本語能力があるかという点に採用基準が置かれていることが多く、外国ルーツの子どもたちがこの基準をクリアすることは簡単ではない。

「日本人と同じ基準の、平等な試験」を課せられれば、日本語能力で劣る外国ルーツの子どもたちの活躍の場は必然的に減ってしまう。日本でも若者の就職難や低賃金は問題になっているが、今の状況が続けば、外国ルーツの子どもたちにも同じ問題が起こり続ける。

王さんは言う。「高校を卒業していなかったり、日本語があまり話せなくても、アルバイトにはつけるかもしれません。若いうちはそれでもよいですが、彼らが30代、40代になった時に同じ状況だとしたら、生活保護を受けなければいけない状況や反社会的な行動を取りやすい状況に陥ってしまうかもしれません。かつては生活基盤が弱い在日一世の人たちを、二世の子たちが養って乗り越えていった歴史がありましたが、今はそれもできなくなってきているようです。」

「平等」と「公平」とは似て非なる言葉だが、外国にルーツを持つ子どもたちが直面するのは、これまでの日本人を基準にした「制度に対する平等」だ。この基準が多様化してきているのだから「個々人に対する公平」へと人々の考え方が変わったとき、彼らの活躍の場は広がるはずだと王さんは語った。

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第2回フォーラムは、20年以上にわたり外国にルーツを持つ子どもたちへの教育サポートを続けている「CCS 世界の子どもと手をつなぐ学生の会」の中西久恵さんにお話を伺います。学生ボランティアと共に行っている活動の内容や、活動を通して見えてきた子どもや親たちの現状について、話していただきます。フォーラムで伺った内容は7月中旬にCO-BOサイト上で公開予定です。

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【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘

【取材協力】認定NPO法人国際協力NGOセンター(JANIC)、認定NPO法人多文化共生センター東京

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