「貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム
しんぐるまざあず・ふぉーらむ編【後編】

ひとり親の貧困家庭と、そこに育つ子どもたちの生活を見つめることは、貧困問題そのものを見つめることにつながります。当事者と共に活動を続けてきたNPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事の丸山裕代さんたちは、貧困の要素や「やり直しのできる社会」といったキーワードを見出しつつあります。フォーラムで詳しくお話を伺いました。

経済性、知識、関係性 ―3つの貧困

「貧困」という言葉を聞いたとき、多くの人が真っ先に思い浮かべるのはお金がない状態、すなわち「経済性の貧困」だろう。もちろん経済性の貧困は大きな問題だが、貧困には他に2つの要素があると、丸山さんは紹介してくれた。その2つとは「知識の貧困」と「関係性の貧困」だ。どういうことなのか、ひとつずつみていこう。

▼貧困の3要素

貧困の3要素

出典)しんぐるまざあず・ふぉーらむ

 

貧困家庭の人たちは、お金と同時に知識の欠如にも直面していることが多い。貧困と低学力が結びつきやすいということは、前回のキッズドア渡辺さんのフォーラムでもみてきたとおりだが、具体的にどの程度の低学力なのかというと「高校生になっても九九ができない。教科書を理解するための漢字が読めない子もいる 」レベルだと丸山さんは話す。小学校在学中に適切なサポートを得られないと、その後の学力を伸ばしていくために必要な基本的な知識を習得できないまま成長せざるを得ないのだ。

勉強から得られる知識の欠如だけが「知識の貧困」ではない。たとえば、インターネットにつながったパソコンが自宅にあるかないかは、知識や情報の取得に少なからず影響を与える。インターネット上で調べ物をしたり動画を閲覧したりすることは、子どもにとっても日常的な行動 になりつつあるからだ。一方で、月々かかるインターネットへの接続費用は決して安くはないため、インターネット回線を引いていない貧困家庭は多い。地域の図書館には無料で使えるインターネット設備を持つところも多いが、そうした施設の情報を得ること自体が難しい。日常的にインターネットを利用できないことは、さらなる知識の格差を生む可能性がある。

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生活習慣も、大切な「知識」

しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事 丸山 裕代さん

しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事 丸山 裕代さん 

生活習慣は人が生きていくうえで身に付けた「知識」の集合体ともいえるが、「貧困が原因で生活習慣を身に付ける機会を得られなかった子どももいます」と丸山さんは話す。

ひとり親家庭では、親と子どもが一緒に過ごすことのできる時間が短い。仕事から帰ってきた親は疲れきっていて、子どもとゆっくり会話をすることすらままならないこともある。こうした日々が続くと、本来は親とのやりとりの中で自然と身についていく生活習慣を、貧困家庭の子の一部は身につけることなく成長せざるを得ないこともある。

お金についての感覚も一般的な感覚とずれてしまうことがあると、丸山さんはある事例を話してくれた。「貧困家庭に育った子が奨学金を借りることができたと、嬉しそうに報告してくれたことがあります。奨学金を借りられたことは喜ぶべきことですが、その額がかなり大きかったので、こちらが驚いてしまいました。金額の重みや、それをどう返していけばよいのか、そもそも返していけそうな金額なのかを、その子はわかっていないのです。」

常識の問題と言ってしまえばそれまでだが、そもそも多額の奨学金を借りる前に、お金のこと、奨学金のことについて丁寧に教えてくれる人はいたのだろうか。相談できる相手はいたのだろうか。そうした知識や常識を得る機会がその子にあったのかどうかが、まず問われなければならない。

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気にかけてくれる大人と、共に囲む食卓

しんぐるまざあず・ふぉーらむのNPO立ち上げ期から関わっている丸山さんが、最近特に力を入れたいと考えているのが「関係性の貧困」の解消だ。関係性の貧困から抜け出すことができれば、状況が大きく改善する望みを持てると丸山さんは話す。

親が不在がちな貧困家庭では子どもが孤立する時間が長くなる。けれど親の親族や友人、支援団体で出会った仲間等が子どものことを気にかけてくれる環境があれば、たとえ親が不在がちでも子どもの孤立を阻止することができる。

たとえば、親がいない時に夕飯に呼んでくれる親戚や友人家族がいたならば、その子はその日の夕飯を、楽しい会話と共に笑顔で食べることができる。その食事の間に、子どもは箸の使い方や食事の作法を学べるかもしれない。他者と会話するときのコツを身に付けるかもしれない。何より、みんなで楽しく食べた食事はその子の心と体を健康に育てることにつながっていく。

「母子家庭でも、お母さんだけが子どもと向き合わなければならない家庭と、お母さん以外の人が子どもに向き合える環境のある家庭では、子どもの育ち方が全然違います」と丸山さんが話すように、親以外の大人が子どもに関わることで与えられる影響は少なくない。

しんぐるまざあず・ふぉーらむでは、年に数回、会員を対象にクリスマス会やお泊り会などの交流会を実施している。会員の子どもたちのなかには、他の行事には全く参加をしないが、お泊り会だけは毎年参加をしてくれる子もいるという。色々な交流会で他の参加者と触れ合うことで、自己肯定感が養われる様子を目にすることもあるそうだ。

「これらの交流行事は、他者とのつながりを持てる場です。ひとり親家庭のなかには、日常生活の中でこうした場を持つ機会のない親子もいます。そのような会員さんたちのためにも、つながりを作れる交流会のような『場』をなくさないでいることは、重要なんです。」

大切な「関係性」の構築

経済性の貧困、知識や情報の貧困、そして関係性の貧困。もちろんこれらすべてが解消されることが望ましいが、どの要素にも特効薬のような施策があるわけではない。そんななかで、関係性の貧困の解消は、貧困に直面する親と子の心の安定につながるという意味で重要だと丸山さんは言う。

また、関係性の貧困に対しては、多くの人が自分でできる支援を見つけやすい。困っている子がいたら、「どうしたの?」と声をかけてあげる。自分で直接とれる支援策がないのであれば、他の人や団体に繋いであげることで解決される問題もあるかもしれない。多くの人が自分のできる範囲で支援の手を差し伸べることができれば、支援の輪が広がった時のインパクトは大きい。支援の輪の中で生まれる関係性は、子どもたちが貧困から抜け出すきっかけを生むこともある。

丸山さんがここまで関係性の貧困の解消を強調するのには、理由がある。「シングルマザーの相談に乗っていると、メンタル面についての相談がNPO立ち上げ時よりも増えている印象があります。親自身が地域や学校、職場、ママ同士のつきあい等で他者と関係を築きにくい、という相談が増えているのです」と丸山さんは語る。

ベネッセ教育総合研究所が2006年と2011年に行った近所づきあいに関する調査の経年変化を見てみると、丸山さんの言葉を裏付けるように、近所の人と関係性を築けていない人が増えている傾向にあることがわかる。親の孤立は、そのまま子の孤立につながる。他者との関係性を築く機会がないまま育った子どもは、学校生活や就職先で他者とうまくコミュニケーションをとれず、その場になじめないこともあるという。それは不登校や中退、転職の繰り返し等につながることもあり、低学歴や不安定な生活へとその子を追いやりかねない。だからこそ、少しでも「ちょっと助けて」「お願い」と言えるような関係を作っていくことが非常に重要なのだ。

▼近所づきあい(経年比較・育児期妻の回答)

近所づきあい(経年比較・育児期妻の回答)

出典:ベネッセ教育総合研究所 第2回妊娠出産子育て基本調査報告書(2011年11月調査)
第4章「地域のかかわり(酒井厚)」より

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「お金がなくても満足度の高い生活」という在り方

▼生活満足度(男性×女性)

生活満足度(男性×女性)

出典:厚生労働白書(2012年度版)
資料:OECD. Statに基づき、厚生労働省政策統括官付
政策評価官室から三菱総合研究所に委託して作成

現代の日本では、学歴社会という暗黙のルールの下、学歴と収入との間に相関が見られることが各種研究でわかってきている。低学力と貧困は結びつきやすく、貧困には連鎖の力が働くこともまた、わかりつつある。

こんなデータ(右図)があることも丸山さんは紹介してくれた。このデータからわかるのは、他の国と比較して日本では生活満足度の低い人が多いということだ(※)。

一方、2010年の国勢調査によると、日本において最終学歴が高等教育(日本における短大・大卒等に相当)の割合は44.0%。これはカナダに次ぐ数値であり、日本は世界的に見ても「高学歴者」の多い国であるといえる。

この2つのデータを単純に結びつければ、日本は高学歴社会ではあるが、人々の生活満足度は高くない社会、ということになる。これは日本が、お金があれば、学歴があれば必ず豊かな生活を送れる社会ではなくなっているということだ。「日本は成熟社会だといわれますが、成熟社会とは人々の精神が成熟する社会なのではないでしょうか。そうであるならば、お金を使わなくても『豊か』な生活を送れるというのも、ひとつの在り方ではないでしょうか」と丸山さんは語る。

※生活満足度は、「自分の生活について満足している水準」を10段階で示した場合に、7以上を回答した者の比率を表したもの。今回の調査のように、主観的な生活満足度を段階方式で質問して測定する場合には、国民性や文化的要素が影響することが指摘されており、この点にも留意する必要がある。

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大切なのは「やり直し」「学び直し」のできる社会

貧困が子どもたちの未来を強制的に狭めてしまう要素なのであれば、解消されるべきだ。けれど、16%を超えてしまっている子どもの貧困率をすぐに0%にすることは難しく、現時点で決定的な解決策が見えているわけでもない。一方で先に紹介したデータのように、貧困でない人たちのなかにも、現在の生活に満足感を持てない人たちもいる。

貧困家庭に生まれた子も、そうでない子も、等しく幸せな未来を描ける社会とはどのような社会なのだろうか。この問いに、丸山さんは「やり直しのできる社会」というキーワードをあげてくれた。

小学校や中学校で不登校になったとき、高校を中退したとき、大学卒業時に就職できなかったときに、「学び直し」や「やり直し」をしづらいのが今の日本だ。データでも示されているとおり、日本における25歳以上の高等教育機関への入学者は突出して低い。

丸山さんはご自身の経験も交えて、こんな話をしてくれた。「私自身は早くに結婚し子どもを生んだのですが、子どもの育て方が分からなかったので大学に入って心理学を学びました。そのときの学びは、本当に楽しいものでした。スイスやドイツ等のヨーロッパ諸国では、社会経験を積んでからもう一度大学で『学び直し』をすることに対して非常に寛容で、推奨すらされています。日本でも、何らかの事情でそのときに学べなかった人が、学べる状況になったときに『学び直し』のできる環境を整えていくべきではないでしょうか。」

▼各国の大学型高等教育機関への進学における25歳以上入学者の割合

各国の大学型高等教育機関への進学における25歳以上入学者の割合

※各国の値はOECD教育データベース(2009年)。ただし、日本の数値については、「学校基本調査」及び文部科学省調べによる社会人入学生数。

出典:文部科学省「大学の入学定員・入学者数等の推移」(2012年10月)

また、貧困家庭で育った子の強さについても「苦労している親の姿を見ていますし、彼ら自身も子ども時代に他の家庭の子よりも苦労しています。その貴重な経験は、その後の人生の糧になるはずです。若いときの苦労の、負の面だけを見ないでほしいのです」と語る。日本の社会がやり直しのできる構造になっていれば、そして「学びなおし」を優しく受け止めてくれる構造になっていれば、貧困家庭で育った子たちのこうした強さが発揮されやすくなるかもしれない。「いつでもやり直せるんだ」という気持ちは、もう一度がんばってみようというモチベーションにもつながっていくのではないかと、丸山さんは話す。

貧困に直面しても、まわりのサポートを得て子どもたちが関係性を築いていくことのできる社会や、いつでもやり直しのできる社会。そんな社会であれば、子どもの頃に苦労した経験を持つ若者も力を発揮しやすくなるのかもしれない。貧困が大きな社会問題となるからこそ、お金があっても満足できない人が多い社会から、お金の有無や学歴にかかわらず生活の満足度を得られる社会へ変わることの必要性を、丸山さんは示してくれた。

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【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘

【取材協力】NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ

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