「外国にルーツを持つ子どもたちが直面する就学問題」フォーラム
静岡文化芸術大学 池上重弘教授編【前編】

これまでのフォーラムでは、外国ルーツの子どもたちを支援する現場から、彼らが日本にやってきた背景や日本での生活で直面するさまざまな困難についてお話を伺いました。第3回目のフォーラム「静岡文化芸術大学 池上重弘教授編【前編】」では、「グローバル化」による変化に対応している国内外の事例をご紹介します。

「グローバル化」とは何なのか

今回のCO-BOフォーラムでお話を伺った池上重弘教授は、静岡文化芸術大学(浜松市)で教壇に立っている。池上先生 の住む静岡県には、全在留外国人のうち3.7% が住んでいるが(2013年12月時点)、大都市圏以外でこの数字は高い方だ。そして静岡県内でも外国人が多く住む地域は、大手企業が工場を構える浜松市や磐田市などに点在している。局地的に在留外国人数が多い市町村を抱える地域は日本全国でいくつかあり、群馬県の太田市や愛知県の豊田市などが有名だ。これらの地域ではクラスメイトや隣人が外国ルーツの子どもたちであることが珍しくなく、「グローバル化の進んだ地域」という感想を持つ人は少なくないだろう。

最近使われることの多いこの「グローバル化」や「グローバリゼーション」という言葉。あらためてこの言葉の示す意味を聞かれても、人によって思い描くことはさまざまなのではないだろうか。池上先生はグローバル化の説明の一つとして「交通手段や情報技術の発達により『瞬時に』『大規模に』人やモノ、情報の移動ができる環境が整うこと」と紹介してくれた。

池上重弘教授

一方で、グローバル化は「均一化」とは違うと池上先生は続ける。「シドニーのマクドナルドに行くと、“Apple”というメニューがあります。オーストラリアの人は、マクドナルドのハンバーガーと一緒にりんごを食べるんです」と先生が示す例のように、グローバル化が進むとき、そこには地元の文化をふまえたローカリゼーション(地域化)も同時に起こりえるのだ。これは言い換えれば、グローバル化は「多くの地域に共通した変化」と、「その地域ならではの変化」の両方を引き起こす、ということでもある。

冒頭で紹介した、異なる言葉や文化の背景を持つ子どもたちがクラスに当たり前のようにいるという状態は、「多くの地域に共通して起こる変化」としてわかりやすいものだ。この変化を先生はこう説明する。「静岡県や愛知県などではその傾向が顕著ですが、他の県を見ても、程度の差はあれ、これはあまねく起きている現象です。ただし、こういったグローバル化が進んでいるのは主に初等・中等教育の現場で、残念ながら高等教育の現場ではまだあまり進んでいません。」

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学童保育と学習支援を兼ねた多文化交流センター

日本で教育現場や地域におけるグローバル化が、ローカライズされた例はあるのだろうか。池上先生は、静岡県磐田市の2つの事例を紹介してくれた。

磐田市の多文化交流センター

▲ 磐田市の多文化交流センター

磐田市はブラジル人の定住者が多い地域だ。約5,885人(平成26年3月1日現在)の外国人が生活し、これは人口の約3.4% にあたるという。この地域で、外国ルーツの子どもたちも含めた市民をつないでいるのが一つめの事例である多文化交流センターの取り組みだ。

多文化交流センターは、多くの外国人たちが住む団地のすぐそばにある2階建ての建物で、学童保育的な性格を併せ持った学習支援の場として提供されている。外国ルーツの子どもたちは学校が終わるとセンターに集まり、2階でそれぞれの宿題を終えたあと、1階で遊びながら帰宅までの時間を過ごす。

注目すべきは、このセンターが外国ルーツの子どもたちを中心に学校と地区の自治会、ボランティア団体などの関係者を「つなぐ場」として機能している点だ。学期毎に行われる小中連絡会には地区の小中学校の校長や自治会の会長、ボランティア団体の役員等が参加し、このセンターを活用する形で外国ルーツの子どもたちに対する支援が展開されている。

支援の「連鎖」が起こりつつあるのも特徴的だ。2004年にこのセンターができたとき、地域のボランティアスタッフによる外国ルーツの子どもたちへの小規模な学習支援が始まった。10年経った今、このセンターで勉強を教わった外国ルーツの子が大学に入学し、今度は支援する側としてセンターの活動に参加するというサイクルが生まれている。

なぜ磐田市は、このような環境を作れたのだろうか。池上先生はその要因を「市長のイニシアチブがあったこと、地域の自治会にみんなを巻き込めるリーダー的存在がいたこと、行政にもそれを受け入れられる態勢 があったこと、また磐田市には多文化共生社会推進協議会という会があり、関係者が一堂にそろう場としてうまく機能していたことが成果につながりました」と語る。

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みんな「地域の子ども」通学合宿

もうひとつ、磐田市の興味深い取り組みに通学合宿がある。これは小学校高学年の子どもたちが公民館で2泊3日の共同生活をしながら学校に通うという、磐田市で数年前から行われている行事で、地域の人たちの全面的なサポートにより維持されている。

磐田市の通学合宿の様子

▲ 磐田市の通学合宿の様子

この行事はあくまでも地域の行事なので、国籍は関係なく、そこに住む子どもたちみんなが参加できる。「この合宿では、日本人だからとか外国人だからという区別はしません。とにかくみんなが『地域の子』なんです。通学合宿は『交流』すら目的にしておらず、とにかく自然体で行われています。こうした環境で育った子どもたちがすでに大学生になってきていますが、彼らにとって友人に外国人がいるというのは、当たり前のことなんです。」

この地域の自治会は、住人に自治会への加入よりもイベントに参加してもらうことを優先させている。最初から「完璧な取り組み」「画一化された取り組み」を目指さずに、地域の実情に合わせて活動を進めていくことを基本方針 としている。このような柔軟な受け入れ姿勢が風通しの良さにつながり、さまざまな人が参加できるイベント運営を継続できているのだろう。

現場を知る池上先生はこう語る。「自治体の中には、『まずは自治会に入ってもらわないと支援できません』というところもある。けれど、それは住民が地域の活動に参加するハードルを上げることにつながってしまいます。磐田市は自治会参加を義務とせず、多くの人が関わり、そこから一緒にできることを探しているのです。」グローバル化による変化に対応しきれていない自治体が多い中で、磐田市は変化を地域全体で受け止められている好例といえる。

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「移民の国」オーストラリアの事例

日本の最先端事例ともいえる磐田市の取り組みを見てきたが、外国ルーツの子どもたちを地域ぐるみで受け入れられている事例は国内ではまだ数少ない。では、「外国ルーツの子どもたちが直面する就学問題」について、私たちが参考にできるような海外の事例はあるのだろうか。このような質問をぶつけたところ、池上先生は「移民の国」であるオーストラリアの事例を教えてくれた。

外国人の受け入れ体制を評価する際、注目すべき指標は3つあると先生は言う。「まず、その国の公用語を学ぶしくみがあるか、次に子どもたちの母語を維持・発展させるためのしくみがあるか、そして差別や偏見などの困難を子どもたちが乗り越えるためのサポート体制があるか、という点です。」では、この3つの指標に対してオーストラリアではどのような対策を実施しているのか、先生の視察の話を参考に見ていこう。

オーストラリアの集中英語クラスの様子

▲ オーストラリアの集中英語クラスの様子

まずは公用語習得について。オーストラリアの公用語は英語であり、移民の子どもたちが入ることのできる集中型の英語クラスがある。 特徴的なのは、このクラスが通常の公立学校の中にあり、敷地内では一般クラスに通う子と集中英語クラスに通う子が一緒に生活をしているということだ。このクラスでは、英語だけでなく英語で他の教科を学ぶ。つまり英語「を」学ぶクラスではなく、英語「で」学ぶクラスなのだ。

ここで教える先生は、教科の資格だけでなくESL(※English as a Second Language)の教授資格を持ち、さらに先生自身が移民の子孫という背景を持っている。このような外国ルーツの子どもたちを受け入れるプロフェッショナルの指導の下、公用語を身に付けていけるしくみがあるのだ。先生だけではなく校長先生もプロ、カウンセリングの先生もプロ。この体制の下で子どもに公用語を身に付けさせていき、一定のレベルに達したと先生たちが判断すれば、一般のクラスへとつないでいくという。

では、母語の教育はどのようなしくみがあるのだろう。「たとえばメルボルンには、土曜日に学校でベトナム語が学べるクラスがあります。オーストラリアでは母語や継承言語(子どもたちの母語ではないが、ルーツとなる言葉)を教えることへの助成制度があるので、一定の基準を満たした実施団体が、学校のスペースを使って、公的な資金援助を受けながら母語や継承言語を教える活動ができるのです。」

国をあげて移民をサポートしているように見えるオーストラリア。しかし現実には、移民に対する差別や偏見が全くないわけではない。学校現場では、このような困難に直面する子どもたちのサポートとして、成長した移民の先輩たちを学校に招き話をしてもらう活動や、反人種的差別に関する教育や啓発、法令の制定も行っている。

※English as a Second Language=英語を母語としない人のための英語教育

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「公的」な支援で国の「強み」を生み出す

オーストラリアの事例を聞いて驚くのは、これらの手厚いサポートの多くが「公的」なものだということだ。学校施設で母語や継承言語が学べる環境は、外国ルーツの子にとっては非常に心強い。一方で、こういった支援のしくみを整えていくには、当然のことながら社会的なコストがかかる。それを承知のうえで、なぜオーストラリアはこのような手厚いしくみを用意しているのだろうか。

その理由を先生はこう話す。「オーストラリアは、英語と英語以外の2つ以上の言語を扱える人を多く抱えることが、自国の『強み』になると考えています。この『強み』を生かせば、社会や経済のグローバル化への対応はもちろん、他国とのつながりを作りやすくなります。たとえばシドニーには、国際的企業のコールセンターがたくさんあります。シドニーでスタッフをそろえれば、英語はもちろん、ほとんどすべての言語に対応できるためです。」

先に述べたように、グローバル化とは人やモノ、情報が「瞬時に・大規模に」移動できる状態であり、これらの移動は国境をも越える。けれど現実は、そこに言語や文化の壁がついてまわる。このような壁を乗り越える一つの有効な手段として、公用語だけでなく母語・継承言語の習得支援、差別や偏見を排除する教育と法整備があり、オーストラリアはそれらに積極的に取り組んでいる。

翻って、日本の受け入れ体制はどうだろう。池上先生が紹介してくれた磐田市のような事例はあるものの、第1回、第2回のフォーラムに登場いただいた王さん、中西さんの話を聞く限り、全国的な公教育の中で外国ルーツの子どもたちに向けた支援策が公的な制度として根付いている印象は持てない。オーストラリアの学校にいるような移民の子どもたちに接するプロフェッショナルの存在も、そもそも少ない。母語や継承言語の教育についても、支援団体は全国にあるものの、公的な支援を受けて活動ができている団体は数少ない。国の成り立ちや目指す強みが違うのかもしれないが、グローバル化が進む社会における外国ルーツの子どもたちの受け入れという点では、オーストラリアと日本では大きな違いがあるのが現状だ。

しかし、日本でも新たな潮流は生まれている。「私のゼミの卒業生が、国語の教職課程と併せて『日本語教員養成課程』を履修し、現在浜松市内の中学校で国語を教えています。彼女は多文化の背景を知りながら、日本語を『外国語』として教えるスキルも持っているのです。日本でもこういった教師たちがうまれ始めています」と、先生は語ってくれた。

後編につづく

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【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘

【取材協力】認定NPO法人国際協力NGOセンター(JANIC)、静岡文化芸術大学 池上重弘教授


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