「貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム
あしなが育英会編【後編】

統計から見えてくるのは「約6人に1人」の子どもが貧困に陥っているという数字だけですが、実際には貧困に陥っている「1人」の子どもは特定の地域に集中している傾向があると、あしなが育英会の奨学課長小河光治さんは話します。社会の「分断」、それを食い止める鍵となる「チルドレン・ファースト」の思想や若者ボランティアの役割について、伺いました。

※今回のフォーラムは、本テーマに関する個人的な見解を述べていただくという前提でご協力をいただいています。発言はすべて個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません。

増える支援対象者、届かない情報

あしなが育英会の奨学金のおかげで、継続的に、たくさんの若者が就学・進学のチャンスをつかむことができている。しかしながら、支援を届けられていない子どもも大勢いる。昨今の統計から見てもわかるように、日本の貧困率は子どもも大人も悪化傾向にあり、支援の対象者が増えすぎているのだ。「貧困に直面する子どもの絶対数が多すぎます。ここまで増えてしまったら、我々のような民間団体のできることは限られてしまいます。国レベルの対応が急務です」と小河さんは話す。

奨学金による支援をするにあたり、奨学金受給の対象となる状況の子どもあるいはその親たちにあしなが奨学金のことをどのように知ってもらい、利用につなげるかという課題がある。現在は学校が窓口となり情報提供がされる場合が多いが、制度の対象者となるべきすべての子どもたちに、情報が確実に届けられているとは言い難いのが現状だ。

子どもの家庭状況を知るにはプライベートな領域に関与せざるを得ないが、個人情報保護の意識が高まっている昨今は学校側も生徒の私生活に関与しづらく、家庭の経済状況も正確に把握しづらくなっている。また、教師や親がさまざまな制度の最新情報を常につかんでおくことも難しい。「多様な支援制度があるのにそれを必要とする人に届けられていないというのは、奨学金だけでなく、すべての支援制度についていえることです」と小河さんは話す。

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学校を子ども支援の場に

8月に閣議決定された「子どもの貧困対策に関する大綱」のなかで、スクールソーシャルワーカーの配置を推進することが重点施策のひとつとして掲げられたが、学校でこうした体制整備が進むことへの期待は高い。教育の場である学校に、福祉に関する情報を持ったスクールソーシャルワーカーが入り込むことで、制度の利用者となるべき人と支援制度をつなげていくことができるからだ。

▼スクールソーシャルワーカーの活用イメージ

スクールソーシャルワーカーの活用イメージ

参照:文部科学省「スクールソーシャルワーカー活用事業」

 

制度だけでなく、当事者の進学意欲をどう高めるかといった課題もある。本人の「勉強したい」という意思や親の「学校に行かせたい」という思いがなければ、奨学金の受給に至らない。けれど家庭の貧困状況が深刻な場合や、すでに貧困の連鎖の深みにはまってしまっている場合は、「奨学金をもらってでも勉強したい」という意欲を持ちづらい。

本人にはどうすることもできない環境要因で、就学や進学の意欲を持てない子がどれくらいいるのかは、把握すらできていない。意欲を持てなくなった子たちには、手を差し伸べられていないという現状がある。

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分断によって見えづらくなる、子どもの貧困

小河さんが最近懸念をしているのが、国内で階層の「分断」が進んでいることだ。アメリカには、居住エリアを”Gate(ゲート=出入り口、扉)”で仕切って作った”Gated Community (ゲーテッド コミュニティ)”が存在する。こうした居住区に住んでいるのは、裕福層の人たちだ。ゲートの中にはエリアの住民だけが利用できるプール等生活を快適にする施設が作られ、ゲートの入り口には警備員が立って、コミュニティ内に出入りする人を常にチェックしている。

コミュニティの住民はゲートで守られたエリアの中で安全かつ快適な生活を送ることができるが、コミュニティに属さない人たちはゲートの中に入ることすらできない。これほど厳格ではないにせよ、日本においても貧困層と経済的中間層以上の居住エリアが固定化され、それぞれに行き来がない状態、すなわち「分断化」された状態が進みつつあると小河さんは話す。統計上では日本の貧困に直面する子どもは約6人に1人だが、貧困に直面している「6人の中の1人」の子どもは、特定の地域に集中している傾向があるのだ。

小河光治さん

あしなが育英会奨学課長 小河光治さん

「分断が進んでいる地域では、小学校の段階で、その学校に通う子どもたちの経済的な階層はほぼ同質になります。裕福層の集まる地域では、公立小学校であっても夏休みに家族で海外旅行に行けるような子ばかりがクラスに集まるイメージです。

そうなると、経済的中間層以上の子どもたちが貧困世帯の子たちに接する機会はほとんどありません。これは、中間層以上の子どもが『貧困』の現場を目にすることがなくなることを意味します。」

東京では同じ区内でこうした分断が進んでいる地域があり、マンション販売のチラシは経済的中間層や裕福層が多く住む学区を明示して、「子どもが○○学区に通える」ということを宣伝文句にすることもあるという。

子どもの頃から身近な人間関係に貧しくて困っている子がいれば、手を差し伸べたり何かしてあげたいという気持ちが芽生えやすくなるかもしれない。けれど周囲に貧しい子がいなければ、貧困は他人事になりやすい。日本では貧しさに対する偏見があり、貧困の当事者は自分が貧困状態にあることを隠そうとすることが多い。ただでさえ見えにくい「貧困」は、分断化が進めばますます見えないものになっていくのではないか。小河さんは最近、そのことを危惧している。

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アメリカに根付く「チルドレン・ファースト」の価値観

貧困が引き起こす問題をどう解消していくか。その考え方は人によって異なるため、国内では子どもの貧困解消について「対象を貧困層に限定した支援策をとるべきか、子ども全員を対象にした普遍的な施策が必要か」という議論がしばしば起こる。

この問いに対し、小河さんは子どもそのものを大切にしていくための普遍的施策が必要だと考えている。その根底には、2002年の国際交流基金「NPOフェローシップ」プログラムに参加し、一年間アメリカで暮らした際に目にした「チルドレン・ファースト」、言い換えれば「子ども第一主義」があるという。

「アメリカ滞在中に私が住んでいた地域では、とにかく子どものことを一番に考える姿勢が随所に根付いていました。小学生の息子を連れて渡米をしたのですが、公立学校にはNPOの運営する学童保育が併設されていて、子どもを無償で預かってくれました。ハリケーンや大雪で休校になった場合は、子どもを職場に連れて行ってもそれを『当たり前』として受け入れてもらえます。」州によって異なるが、アメリカでは防犯上の理由等から、子どもだけで家の留守番をすることを法律で禁止している州もある。だからこそ、働いている親が子どもだけを家に残さないですむような制度が充実しているのだ。

小河さんの息子さんが通っていた学校では、新学期になると保護者に対して各自のできることを問う「あなたは何ができますか」リストが送られてきた。保護者は話せる言語から得意なスポーツ、遠足の引率ができるか等、自分の「できること」に関する情報を学校に共有する。学校はその情報をもとに、親にも学校運営の協力を求める。学校と親双方に「子どもは皆で協力して育てるもの」という意識が根付いているため、学校で何か問題が起こったときにもすべてを学校の責任にするのではなく、親たちが「自分たちの至らなかった点」を見つめなおす姿勢があったという。

将来を担う子どもたちを育てることの重要性と、大人全員がそのことに対して責任があるという意識がアメリカで生活した地域では住民レベルから行政レベルにまで根付いていることに驚いたと、小河さんは話す。すべての子どもを対象とした普遍的な施策を充実させていくには、こうした意識が国内でも醸成されていく必要がある。

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奨学金は自立のための補助輪

補助輪自転車に乗る少年

子どもが健やかに成長し社会の一員となるまでに、直接的、間接的に多くの大人による支援を必要とするのは自然なことだ。小河さんはこんな例を示してくれた。

「子どもが自立するまでの様子を、私は子どもが自転車に乗る練習をしている様子にたとえます。子どもが最初に乗るのは、補助輪付きの自転車です。奨学金の役目は、この補助輪に似ています。けれどいくら練習を積んでも、補助輪を外せば子どもがすぐに一人で自転車に乗れるようになるわけではありません。練習を続けるためには、大人からの応援の言葉や見守りの目、手助けが必要です。そうした大人のサポートを受けて、子どもは自転車をこげるようになるのです。」

さらに、貧困問題について相互理解を促すためには、特に同年代間での階層の「分断」は食い止めなければならない。その前向きな兆しとして、ボランティアとして参加してくれる若者たちのことを小河さんは話してくれた。募金活動に参加したことがきっかけで、あしなが育英会の運営にボランティアとして積極的に関わってくれる若者が出てきており、小河さんは彼らこそ、「分断」を埋めてくれる存在になり得ると期待する。

「ボランティアの学生たちのなかには、両親とも健在で、奨学金に頼らなくても進学できるという子もいます。奨学金の当事者ではない彼らがあしながで活動をすると、逆に居づらい思いをすることもあるのかもしれません。けれどそうした状況を乗り越えて、活動に参加してくれる学生たちは増えてきています。」こうした背景には、彼らにも経済的な面や親の死によるものではない「生きづらさ」があり、だからこそあしながの活動に共感しているのかもしれないと小河さんは言う。

貧困や、それによって起こる低学力等の問題を中心に考えれば「支援する側」と「支援される側」に立場が分かれる。けれど一緒に活動をしていくなかでは、どちらの立場にいても学びや前進があり、その学びはこれからの社会においても価値があるものだ。そして、相手の状況を知り相互理解が進むことで、社会全体が多くの人にとって住みやすい場所へと成長していくことも期待できる。

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経験をバネに活躍できる人材を育む社会に

あしなが育英会の奨学金は、子どもが社会で自立をしていくための数ある支援策のひとつだ。進学は自立のための重要なステップだが、進学することがゴールではない。就職し、社会の一構成員として生活を営んでいけるような人材に育ってほしいという願いが奨学金には込められている。そして、奨学金や育英会のサポートは永続的に続くわけではなく、子どもたちはいつかは自立して、社会の中で生きていかなければならない。

奨学生たちは、自立の過程で他の子どもが経験しないような困難を乗り越えていかなければならないこともある。しかし子どものときにつらい経験をした子どもたちには、「その経験をバネに成長できる力がある」と小河さんは話す。大切な人を事故や災害で失う経験をしたり、貧困でつらい思いをしたりした経験のある子は、心の痛みを知っている。そうした経験や思いを持っているからこそ、それを仕事に生かし、豊かな人生を築いていくこともできるはずだ。「つどい」の中でリーダー役をやったり、募金活動に熱心に取り組むなかでリーダーとしての素質を発揮する子や、有名企業の内定を得る子など、バネを使って大きく飛躍していった子の姿を、小河さんは何度も見てきた。

凶悪犯罪の加害者が子どもの頃に貧困世帯で育ったケースの報道をしばしば目にするが、こうした結果が生まれてしまうのは、子どもの頃に社会的排除を受けた結果ではないかと小河さんは話す。逆の見方をすれば、貧困世帯に生まれても、その子がきちんと社会に受け入れられていくような支援制度が整備されていれば、貧困とその他の社会問題のつながりを断ち切ることもできるのかもしれない。貧困世帯に生まれて幼い頃に苦労をしたとしても、その子を大切に育む土壌が社会にあれば、その子は自分の経験をバネに社会貢献できる人材へと育っていけるはずだと、小河さんは強調する。

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【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘

【取材協力】特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター(JANIC)、あしなが育英会 小河光治様

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