次世代育成研究室

ベネッセのオピニオン

第110回「一生学び続ける」を科学する⑨
園での経験は幼児の成長にどのように関連するのか(前編)
~「遊び込む経験」が、「学びに向かう力」を支える~

2016年09月07日 掲載
主任研究員 真田 美恵子

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子育て 幼児教育 保育 学びに向かう力 社会情動的スキル 父親 母親 幼稚園 保育園 認定こども園 遊び込む

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 「遊び込む経験が、『学びに向かう力』の育ちを支える」ということは、保育・幼児教育の現場にいる多くの先生方には、経験的に理解しやすいだろう。幼児期の保育・教育が、「遊びを通しての指導」であることは、幼稚園教育要領などで示されている通りである。

 しかし、一般の方にとって、遊びと学びの関連性についてはイメージしにくいのではないか。「遊んでいないで勉強しなさい」という文脈で使われるように、それぞれ対極にある言葉と捉える方もいるだろう。さらに最近の傾向として、「第5回 幼児の生活アンケート」(ベネッセ教育総合研究所、2015)の結果をみると、園(幼稚園・保育園・認定こども園など。以下「園」とする)に対して「自由な遊びを増やしてほしい」と考える保護者がやや減る一方で、「知的教育を増やしてほしい」と考える保護者は増える傾向がある。子どもを園に通わせている母親全体をみると、2015年調査は、15年間で初めて、後者(51.6%)が前者(45.9%)を上回った。今、改めて幼児にとっての「遊び」の意味を捉え直したい。

 本稿は、前回を受け、幼児の「学びに向かう力」を育む、園での子どもの経験について、2016年2月に実施した調査結果(「園での経験と幼児の成長に関する調査」)をもとに考察する。2回に分け、前編となる本稿では主に園での子どもの経験について、後編は保護者と園の関わりについてみていきたい。テーマ設定の背景、調査概要、調査結果、考察の順で述べていく。

テーマ設定の背景:園の果たす役割の拡大、「学びに向かう力」の重要性を示す知見

 まず、なぜ「園」での経験に着目したのか。それは、幼児の育ちに対して園が果たす役割が拡大していると考えたためである。このことは、先述した「第5回 幼児の生活アンケート」の結果からもうかがえる。第1に、幼児の保育園利用率が増加し、園で過ごす期間や時間が長くなっている。第2に、幼児の家庭における経済的な格差が拡大している(※1)。経済的な困難さゆえに養育環境に課題がある家庭には、子どもの育ちに対して園が果たす役割がいっそう増しているといえよう。第3に、幼児が地域で育つ機会が減少している(※2)。こうした成育環境の変化から、幼児の育ちを支える場としての園が、以前にも増して重要になってきていると考えられる。

 次に、なぜ、「学びに向かう力」に着目したのか。「学びに向かう力」は、非認知的スキル、社会情動的スキルと言い換えられる力である。これに着目したのは第1に、国内外の研究において、幼児期の非認知的スキル、社会情動的スキルが、その後の人生に影響を与えていることが明らかになりつつあるためである。第2に、子どもたちが将来生きる知識基盤社会において、多様な他者と協働して課題解決に挑み、新たな価値を創造していくために、非認知的スキルが役に立つと考えられるためである。OECDは、幼児期は将来のスキル発達の基礎となる重要な時期であるとしているOECD,ベネッセ教育総合研究所共同研究レポート「家庭、学校、地域社会における社会情動的スキルの育成」,2015)。第3の理由には、先進諸国の中でも急激に少子高齢化が進み、かつ資源の少ない日本において、人材育成の必要性がとくに高まっていることを挙げたい。「学びに向かう力」は、次期の幼稚園教育要領の検討においても、育成すべき「資質・能力の3つの柱」の一つとして位置づけられている(中央教育審議会 初等中等教育分科会教育課程部会幼児教育部会「資料1幼児教育部会取りまとめ(案)」,2016年6月21日)。保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領も、幼稚園教育要領と整合性がとられると考えられることから、今後、園において、「学びに向かう力」の育成はいっそう重要なテーマになることが予測される。

調査概要:年長児の保護者約2,000名に、インターネット調査を実施

 上で述べた、幼児期の非認知的スキルと園の保育との関連に関する研究は非常に少ない。そこで本調査では、幼児の発達のアウトカムとして「学びに向かう力」を、保育の内容に代わる指標として「園での子どもの経験」を用いて、その関連を検証した。さらに、保護者と園の関係性が子どもの育ちに関連するのではないかという仮説のもと、その点も設計に入れて調査を実施した。


 調査概要は以下の通りである。

・調査対象:幼稚園・保育園・認定こども園などに通う年長児をもつ保護者2,266人(母親2,060人、父親206人)

・調査方法:インターネット調査

・調査期間:2016年2月

・調査地域:全国

・調査項目:園での子どもの経験、園の環境、園と関わる機会、園から提供される情報の参考度、園生活を通した親子の成長実感、子どもの「学びに向かう力」など

調査結果:園での「遊び込む経験」が、年長児の「学びに向かう力」と関連している

 共分散構造分析を行った結果を簡略化したものが図1である。この結果から、以下の4点についてみていきたい。

【図1】本調査で明らかになった主な関連

【図1】本調査で明らかになった主な関連

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①年長児の「学びに向かう力」の育ちに、園での「遊び込む経験」が関連している

②園での「遊び込む経験」を支えるのが、「自由に遊べる環境」と「先生の受容的な関わり」である

③「園と保護者の接点」(園から提供される情報や、保護者が園と関わる機会)が、「保護者の養育態度」と関連していて、それが「学びに向かう力」につながっている

④「園と保護者の接点」は、園生活を通した「保護者自身の成長実感」とも関連している


 前編となる本稿では、園での子どもの経験に関する①②について、後編では保護者と園の関わりについて③④をもとに考察する。

 図2は、年長児期の園での子どもの経験を保護者にたずねた結果である。すべての項目で「よくあった」(「とてもよくあった」+「よくあった」)が半数以上であり、多くの子どもがさまざまな経験をしていることがうかがえる。その中で、「自由に好きな遊びをする」、「好きなことや得意なことをいかして遊ぶ」、「遊びに自分なりの工夫を加える」、「挑戦的な活動に取り組む」、「先生に頼らずに製作する」、「見通しをもって、遊びをやり遂げる」の6項目を、本調査では「遊び込む経験」と総称した(※3)。その子らしく、自由に、主体性を発揮して遊びに入り込んでいるという印象をもつ項目群である。また、「協同的な活動」は、本調査では、目標に向けて友だちと協力しながら取り組んだり、その結果として友だちのよさを知るという項目である。この「遊び込む経験」と「協同的な活動」の間には相関関係がみられた(図示省略)ことから、遊び込む過程では、友だちとの豊かな関わりがあることが推測できる。


【図2】園での子どもの経験

【図2】園での子どもの経験

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 次に、図3は、「遊び込む経験」と「学びに向かう力」との関連を示したものである。「学びに向かう力」は、5つの領域(好奇心、協調性、自己主張、自己統制、がんばる力)に関わる15の質問項目から構成したが、ここでは各領域を代表する質問項目を一つずつ図示した。「遊び込む経験」が多いほうが、「学びに向かう力」のいずれの項目についても高い傾向がみられた。


【図3】子どもの「学びに向かう力」(遊び込む経験別)

【図3】子どもの「学びに向かう力」(遊び込む経験別)

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※「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の%。※「遊び込む経験」は、6項目(図2より)について、「とてもよくあった」を4点、「よくあった」を3点、「たまにあった」を2点、「あまりなかった」を1点として合計値を得点化し、2区分した。1項目でも「わからない」を選択した人は除く。(以下図4、5も同様)※上記以外の項目についても同様の傾向であった。


 そして「遊び込む経験」と関連しているのが、園で「自由に遊べる環境」や、「先生の受容的な関わり」であった(図4、5)。「遊び込む経験」を支える条件として、自由に遊べる時間・空間・遊具や素材、そして「子どもの『やりたい』気持ちを尊重」する、「先生の言葉かけが温かい」などの保育者の関わりの重要性がうかがえる。


【図4】遊び込む経験(自由に遊べる環境別)

【図4】遊び込む経験(自由に遊べる環境別)

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※「自由に遊べる環境」は、5 項目(「自由に遊べる時間が十分にある」「自由に遊べる場所が十分にある」「自由に遊べる遊具や素材が十分にある」「季節に応じた教材や絵本が使われている」「さまざまな表現活動(お絵かき、製作、音楽など)をする」)について、「とてもあてはまる」を4 点、「ややあてはまる」を3 点、「少しあてはまる」を2点、「あてはまらない」を1 点として合計値を得点化し、3 区分した。1 項目でも「わからない」を選択した人は除く。


【図5】遊び込む経験(先生の受容的な関わり別)

【図5】遊び込む経験(先生の受容的な関わり別)

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※「先生の受容的な関わり」は、5 項目(「先生の言葉かけが温かい」「先生は子どもの『やりたい』気持ちを尊重している」「先生がのびのびと保育をしている」「先生は保護者の気持ちに寄り添っている」「先生同士の連携がとれている」)について、「とてもあてはまる」を4 点、「ややあてはまる」を3 点、「少しあてはまる」を2点、「あてはまらない」を1 点として合計値を得点化し、3 区分した。1 項目でも「わからない」を選択した人は除く。


 本調査は保護者に対する1時点のアンケート調査である。そのため、保護者の主観に基づく回答であり、要素間の関連についても相関関係を示すにとどまる。結果の解釈にあたって、留意いただきたい点である。

考察:幼児にとっての「遊び」の意味を捉え直し、「遊び込める」経験を

 「遊び込む経験」は、ままごとや製作、積み木や体を使った遊びなど、日常の保育のさまざまな場面でみられるものであろう。ここでは、一つの発展的な事例として、筆者が鳥取県にある仁慈保幼園でうかがった話を紹介したい。保育者の援助により、「遊び込む経験」を通して家庭や地域がつながり、遊びが継続、発展していく過程で、子どもたちが多様な学びを経験していることが感じられるエピソードである。

 ある女児が家庭から園にハーブを持ってきたことをきっかけに、保育者は遊びが広がるようにとハーブの本を用意したという。すると、そこに書かれていたにおい袋やハーブ入りの石鹸に子どもの興味が広がり、石鹸作りに取り組むようになった。そうした活動を記録にまとめ、園内に掲示したところ、石鹸会社に勤める保護者が協力を申し出た。その保護者に聞きたいことが子どもたちから出てくると、保育者の提案により、ひらがなを書ける子どもが他の子どもの意見を聞きながら、質問を紙にまとめ、どうしたらハーブ入りの石鹸を作れるのかをたずねたり、石鹸を作る過程を工場で見てみたいなどの希望を伝えた。その後、工場見学の許可をもらい、バスで行くことになった。その際、乗り物好きな子どもが、どの路線のバスを使ったらいいのかをバスのターミナルの人に聞くことを提案した。そしてターミナルに行き、そこでもらった路線図も見ながら、工場への行き方を確認した。子どもから活動の様子を聞いていた一部の保護者も興味をもって、一緒に見学に行くことになった。子どもたちは、工場に行き、工場の人にたずねた話をいかして、その後、ハーブ入りの石鹸作りに成功したという。

 保育者の援助を受けながらも、子どもが自ら遊びを広げ、深めていく力をもっていることに驚くとともに、保育者や保護者が子どもとともに、遊びを楽しんでいる様子が印象に残った。遊び込む経験を保護者も楽しむことが、子どもの情緒の安定にもつながると保育者は筆者に語ってくれた。

 子ども自身の「こうしてみたい」とか「こうなったら楽しそう」という思いが出発点となり、どうすればいいのかを自分たちで考え、試行錯誤する。その過程で、友だちや保育者、家族や地域の人と関わり、自分の気持ちを言葉で伝え、協力を要請したり、ときに思いがぶつかったり、それを調整したりしながら、自分たちのやりたいことを実現するために粘り強く取り組む。その結果、思いを実現して手応えや自信、楽しさを覚えたり、目標に向けてがんばる力や協調性などの「学びに向かう力」が育つ。さらに、この事例でいえば、石鹸の性質やバスの路線図の読み方を知るなど、認知的な発達が促される様子もうかがえる。このように遊びが継続して、発展していく背景には、子どもの気持ちを汲み取り、適切なタイミングで援助をする保育者の存在と、自由に活動を深められる時間や空間、素材などの環境がある。保育者には、子どもの願いや思いを理解し、遊びがどのように発展していくのかという見通しをもちながら、環境構成をしたり、声をかけたり、ときに見守ったりする瞬時の判断力が求められる。その専門性は非常に高度である。日々の保育を記録し、省察する中で専門性を研鑽する取り組みや、それを支えるような、保育者が学び合う園の組織風土が肝要であろう。

 最後に、「遊び込む経験」は、将来のスキル形成のため「だけに」重要であると筆者が考えるわけではないことも強調したい。「子どもの権利条約」で、子どもの遊ぶ権利(第31条)について言及されているように、遊びの充実は“今ここにいる”子どもを主体性をもつ存在として尊重することにも通じると感じている。筆者は、遊びの意味や価値を社会全体で捉え直し、子どもが心と頭と体をフルに働かせて、夢中で「遊び込む経験」が豊かにできることを願っている。そうして、“今”を充実して過ごした結果が、子ども自身や社会全体のよりよい“未来”につながると信じている。

 後編では保護者と園との関わりについて考察するとともに、行政や園、保護者に対する提言をまとめとして述べたい。


※2 オピニオン「第84回 幼児に、“多様な人と関わる機会”を」(ベネッセ教育総合研究所、2015)保育園利用率の増加や少子化の進行により、幼児が(園以外の)地域で「友だち」と遊ぶことが急激に減少している(1995年56.1%→2015年27.3%)。

※3「遊び込む」という語は、リューベン大学のラーバース教授が開発した保育プロセスの質を捉える観点の一つである「involvement」を、子どもが保育中にしている状況を示す訳語として、「うちこむ、のめりこむ」などの日本語をもとに造語として東京大学大学院秋田喜代美教授が新たに考え使い始めたものである。本調査では監修の秋田先生に許可をいただき、この語を使用している。

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著者プロフィール

真田 美恵子
さなだ みえこ 

ベネッセ教育総合研究所 主任研究員

乳幼児領域を中心に、保護者や幼稚園・保育所・認定こども園の園長を対象とした意識や実態の調査研究を担当。これまで担当したものは、「幼児教育・保育についての基本調査」(2007・2008年、2012年)、文部科学省委託事業「保育者研修進め方ガイド」(2010年)、文部科学省委託事業「認定こども園における研修の実情と課題」(2009年)、園向けの情報誌「これからの幼児教育」編集(2008年)、「第5回幼児の生活アンケート」(2015年)など。

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