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激しい社会変化のなかで、子どもや大人の生活や学びはどのように変化しているのか。
そこに現れるさまざまな社会課題に対して、ベネッセ教育総合研究所はどのような取り組みをしているのか。
当研究所の研究員たちが、自身の研究も踏まえながら課題や展望を論じます。

英語で発信したい意欲を高めるためにどのようにICTを活用していけるか

ベネッセ教育総合研究所 加藤由美子

加藤由美子

2023年7月「令和5年度全国学力・学習状況調査」の結果が発表された1)。中学生の英語で発信する力に課題があることがマスメディアにも取り上げられたことは記憶に新しいところだ。自分の考えや意見を発信する「話すこと」「書くこと」の一部の問題では2~3割の生徒が無解答であった。生徒が英語で発信することへのハードルはやはり高いのであろうか。

日本人が英語を習得するには大変な努力が必要であるが、大切である

日本人が英語を習得することは、他言語を母語にしている人に比べて不利であると言われている。日本語と英語の言語間の距離の大きさからくる習得に必要な時間の多さ2)、英語を使用する実践の場の少なさ、英語を第二言語とする国などに比べて英語力を身につける緊急性3)の低さなど、日本人が英語力や英語学習意欲を高めにくい要素はさまざまある。

一方、世界や国内の地域で起こる課題は複雑化・深刻化している。解決には多様な力が求められ、英語コミュニケーション能力はその重要な1つとなる。いずれ瞬時に通訳・翻訳をしてくれるAIの進化により、英語学習がいらなくなるという意見も存在する。しかし、技術の完全な実用化や外国語教育およびテストの在り方などの変化には、まだ時間がかかるだろう。また、コロナ禍によりオンラインによる場所にとらわれない英語コミュニケーション環境がより一般的になったとともに、メタバースなどの仮想空間も英語使用環境として台頭してきた。これらの環境では、個人が自ら考え、自分の英語でリアルタイムのコミュニケーションを図る能力が重要となる。

ベネッセ教育総合研究所(以下、「当研究所」)では、習得に不利な要素を持つ日本人英語学習者の課題を把握し、英語力や英語学習意欲の向上のために必要なことを明らかにするために、研究者や指導者の先生方と調査研究を行ってきた4)。2022・23年度は「英語授業・学習においてどのようにICTを活用していけるか」をテーマに研究を行っている。今回のコラムでは、その一環として2022年度に行った高校英語でのICT活用実践研究について紹介する。

高校英語でICTを活用した実践研究を始めた理由

2022年度は高校新課程初年度にあたり、英語では「論理・表現Ⅰ」という発信力を強化する新科目が開始された。その授業を担当した津久井貴之先生(群馬大学・元大妻中学高等学校)は、高校1年生が英語を書くことに抵抗感を感じていることに課題感を持っていた。GIGAスクール構想のもとICTは資質・能力の向上に資するものとして活用が求められ、一人一台端末が実現されつつある。2022年度の調査5)では、小中学校の端末導入割合が98.2%に対し、高校は63.2%であった。そこで、英語を書くことへの抵抗感を下げることを念頭にICTを活用した実践研究を津久井先生と行い、端末導入・活用途上にある高校の先生方と研究結果の共有・議論をしたいと考えた。ライティング指導を専門に研究されている工藤洋路先生(玉川大学)にも参画いただき、津久井先生、工藤先生、当研究所の共同研究を開始した。

ライティングの授業にICTを活用した協働学習要素を取り入れる

「論理・表現Ⅰ」の2・3学期に行った授業と家庭学習の主な流れは以下のようになる。

  1. 教科書テーマのインプット(教科書本文やインターネット情報)と感想・情報交換
  2. 目的・目標にそった1回目のライティング構想(授業内での協働学習)
  3. 1回目のライティング(家庭学習)
  4. 1回目のライティングについてのレビュー・フィードバック(授業内での協働学習)
  5. 2回目のライティング(家庭学習)

2と4の協働学習6)では、Google DocumentやGoogle Jamboardなどを端末上で活用する「端末型」グループと紙のワークシートを中心に活用する「従来型」グループで異なる学習方法をとった。端末型グループでは、Google Documentを使って教師やクラスメイトから添削やコメントをフィードバックとして受け取るインタラクティブな学習を行った。Documentでは対話のプロセスも共有した。またJamboardでは、まとまりのある英文を書くための情報や内容の構想を整理したものを1つのグループ(3~4人)で1枚のスライドにまとめ、クラスメイトや教師と共有した。一方、従来型グループでは、ワークシート中の指示や手順に沿って、授業内でグループワークを進める伝統的な学習方法・形態をとった。

書くことへの意欲や意識にICTはどのような影響を及ぼしたのか

授業実践前後で、端末型グループの生徒の「自分の意見や考えなどを英語で書くことに抵抗感がある」というアンケートへの回答の平均数値は下がった。研究対象の人数が少ないことや条件の制約などから端末型グループと従来型グループを単純に比較することは難しく、一般化するには更なる研究が必要であるが、従来型グループの同じアンケートへの回答の平均数値には変化がなかった。また「自分で書いた英語を読んでもらいたいと思う」というアンケートへの回答の平均数値は端末型・従来型両方とも上がったが、端末型の上昇が大きい傾向にあった。生徒同士のフィードバックの効果は高いと言われる7)。そこに更にICTを活用することで、質・量ともに豊かな共有、共有をもとにした活発な対話の機会やフィードバック、書くこと自体への励まし、書く内容へのアドバイスなどがより多く生徒に与えられた。これらが、書くことへの抵抗感を下げることに影響を与えたのではないかと考えられる。研究結果の詳細は、これまでにシンポジウムや学会で発表した内容8)を参照いただきたいが、端末型グループの一部の生徒がインタビュー調査で語ったことばを紹介する。(話したことばのままを紹介)

*アンケートで書くことへの抵抗感が下がったと回答した生徒
「自分と同じぐらいのレベルの友人がこう、なんか、わかりやすいよ、とか結構書いてくれて、自分が書いたことを理解してくれてるんだっていうのがわかったんで、ちゃんと自分が通じる英語が書けるんだっていうのがちょっと自信になって、英文が書きやすくなった。」

*アンケートで先生や友達に自分が書いたものを読んでもらいたい気持ちが高まったと回答した生徒
「書いた英文に、いろいろこれが不安とか、これはできたとかコメントしていると、それに励ましのコメントとかこうした方がいいかもみたいな、とかくれることがあったのですごい、頼りになりました。」

端末型と従来型の指導や学習の違い

生徒の意欲や意識の変化の結果に加えて、ライティングにおける端末型と従来型の指導や学習の違いをまとめた学会発表資料8)(一部改変)を紹介する(表1)。これは、授業での生徒の様子や行動の観察、端末画面の録画、アンケートやインタビューのことばなどから、工藤先生と津久井先生がまとめたものである。デジタルとアナログの特徴などを把握しながら、うまく連携させた指導や学習の在り方を考える参考にしていただきたい。

表1

1つ目は「ツールの特徴や印象」「使用言語とアウトプット傾向」である。端末型では可視化や共有がしやすい。正しい英文でなくても単語やフレーズレベルで書いたものや日本語で書いたアイデアを気軽に見やすく共有することが、英語を書く時の最初のハードルである「何を書くか」への抵抗感を下げることに影響を与えたかもしれない。従来型では、ワークシートの指示の仕方の影響もあったかもしれないが、しっかり英文を書く様子が見られた。また「手書きなので書き手の人柄が見える気がする」という生徒の声があった。文字を読む・書くというコミュニケーションにおいて相手を意識していることは大切である。

2つ目は「協働学習の進め方」である。協働学習はICTがなくてもできることであるが、ICTがあるからこそ、よりよくなる部分を改めて考えてみたい。ICT活用の入り口として 時間や場所を選ばない便利さがある。通学電車の中でメッセージを読んで書き込みをしたり、学校を休んでも共有の経過を見てグループ学習に追いついたりした生徒もいた。端末型はSNS使用の影響もあってか、従来型よりもカジュアルな意見交換をしやすそうであった。このように共有のハードルを下げたあと、先述したように、対話の活性化や深い思考を促す協働的な学習へつなげていける可能性をICTは持っていると考えられる。

3つ目は「必要なスキル」である。端末型の生徒の画面には、Google ClassroomやDocument、Jamboard、辞書や検索アプリなど多様なウィンドウが開いていた。これらを併行して使用しながら、生徒はマルチモーダルなスキルを高めていったことが推察される。一方、従来型はユニモーダルで作業に集中していたと考えられる。津久井先生によると従来型の生徒のほうが英語を書いた量は多い傾向にあったとのことである。マルチモーダル、ユニモーダルの作業の仕方の違いが、書くものの量や質、書く力の向上にどのような影響を与えるのか、英語を書くステップのどこでマルチモーダルやユニモーダルを活用するとよいのか、研究していく必要がある。またそこには、学びの個性化と言われるように学習者の好みや学び方があることもよく考慮すべきだろう。

英語でのコミュニケーションを豊かにするためのICT活用を目指して

実際のコミュニケーションの場面で英語を使えるようになるためには、学習の中で英語でのコミュニケーションをたくさん行う必要がある。今回紹介した実践研究では、ICT(Information and Communication Technology)の活用によって、生徒同士や教師と生徒の間にいいコミュニケーションが生まれた。それが書くことへの抵抗感を軽減し、次に書くことに向かわせる可能性も示唆された。生徒が英語学習の中でICTを活用するとともに、実践の場でもICTをツールとして使いながら、英語でのコミュニケーション能力を高めていけるよう、これからも研究活動を通して応援していきたい。

  • <出典・参考文献>
  • 1) 国立教育政策研究所「令和5年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)(教科調査)」
  • 2) 松村昌紀,2009『英語教育を知る58の鍵』大修館書店.
  • 3) ARCLE編集委員会,2005『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み―ECF』リーベル出版.
    https://www.arcle.jp/research/books/
  • 4) 東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所 共同研究「こどもの生活と学び」共同プロジェクト 「英語学習に関する調査
  • 5) ベネッセ教育総合研究所「小中高校の学習指導に関する調査2022
  • 6) 文部科学省「ICTを活用した指導方法(一人一台の情報端末・電子黒板・無線LAN等)~学びのイノベーション事業実証研究報告書より~」
  • 7) スター・サックシュタイン(田中理沙・山本佐江・吉田新一郎訳),2021『ピア・フィードバック-ICTも活用した生徒主体の学び方』新評論.
  • 8) ・上智大学・ベネッセ英語教育シンポジウム2022報告書
    ・2023年度全国英語教育学会 第48回香川研究大会「ICTの活用が書くことへの意識や意欲に及ぼす影響-高校「論理・表現Ⅰ」の授業において-」
    ・2023年度英語授業研究学会 第34回全国大会「『論理・表現Ⅰ』における指導実践報告-タブレット端末を活用したプロセス・ライティングの手法を用いてー」
    英語教育研究・調査|ARCLE(アークル) -英語教育に関する研究調査団体-
    https://www.arcle.jp/research/edu_english/2023/

プロフィール

加藤由美子
ベネッセ教育総合研究所 主席研究員
かとうゆみこ

専門は英語教育研究(乳幼児から大学生)。 株式会社ベネッセコーポレーション入社後、Berlitz Singapore学校責任者として駐在。帰国後はベネッセグループの英語事業開発を担当。研究部門異動後はECF開発やARCLE事務局立ち上げを担当。これまで英語教育・学習に関する量的・質的研究、英語力を伸ばしている学校・自治体の研究、言語能力・思考力に関する研究に携わる。現在は、英語教育・学習におけるICTやAI活用の研究に取り組む。
https://berd.benesse.jp/aboutus/member.php#0203

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