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大学授業レポート~新たな学びのスタイル~

【私立大学初のデータサイエンス学部 学部長インタビュー】
「研究体験連動型学習」により、1年次から海外研究機関、企業等との実践、研究を実施
世界で活躍できるマインドとスキルを身につける

武蔵野大学 データサイエンス学部

社会の課題やニーズを受け、2016年度から学部・学科の新・増設を進めてきた武蔵野大学。2019年4月に設置されたデータサイエンス学部も、まさに社会からの要請に先陣を切って応えたものだ。「データサイエンス」と名の付く学部としては、国内で3例目、私立大学では初だった。カリキュラムの特徴は、知識・スキルの修得と並行して、1年次後期から、企業との共同研究や官公庁との委託研究などを行う「研究体験連動型学習」とグローバル・コラボレーションにある。1年次から社会の課題に取り組む実践的なカリキュラムとした意図は何か、どのような成果が上がっているのか。データサイエンス学部長の清木康教授に話をうかがった。

お話を聞いた方

清木康(KIYOKI YASUSHI)
  • 清木康(KIYOKI YASUSHI)
    武蔵野大学 データサイエンス学部長、アジアAI研究所所長

    2011〜2021年、慶應義塾大学大学院GESL(グローバル環境システムリーダープログラム)コーディネータ、5D-World Map System Creator, Information Modelling and Knowledge Bases (IOS PRESS) Editor in Chief (2002-current)。 情報処理学会フェロー、電子情報通信学会フェロー。1983年、慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。1984〜1996年、筑波大学講師・助教授。その間、1991〜1992年、カリフォルニア大学アーバイン校客員研究員。1998〜2021年、慶應義塾大学環境情報学部教授。その間、2012〜2016年、Adjunct Professor, University of Jyväskylä, Department of the Mathematical Information Technology, Finland。2015〜2017年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長。2016〜2018年、日本データベース学会会長。2018年情報処理学会コンピュータサイエンス領域功績賞、2021年情報処理学会功績賞。

【データサイエンス学部の概要】
設置 2019年4月
定員 入学定員90人、収容定員340人
専任教員 17人
設置場所 武蔵野大学 有明キャンパス

 

1年次から、社会の課題をテーマに研究に取り組む

―データサイエンスは、学術やビジネスのみならず、医療や気象、農業、教育など、様々な領域で活用され、今後も発展が期待されている分野です。そうした中で、貴学部ではどのような教育を行っていますか。

清木 本学部では、ビッグデータ×AI(人工知能)で新たな価値と未来のカタチを創造するデータサイエンティストの育成を目指しています。

データサイエンスの先進国であるアメリカのデータサイエンス分野で活躍している人を見ると、データサイエンスのスキルとビジネスセンスを併せ持っており、それが社会にイノベーションを生み出す力になっています。そこが日本のデータサイエンティストとの大きな差だと考え、本学部では、データサイエンスのスキルと、そのスキルを社会のイノベーション実現に発展させることができるマインドやスキルの育成を目指し、そのためのカリキュラムを工夫しています。

―具体的にどのようなカリキュラムでしょうか。

清木 本学部では、「研究体験連動型学習」という考え方をベースにしたカリキュラムになっています。1年次前期に必修科目「データサイエンス学」でデータサイエンスの全体像を俯瞰した後、1年次後期から、少人数制の「未来創造プロジェクト」で、学生が自ら社会の課題を発見し、その解決策を考えて提案する研究に取り組みます。1年次で研究に一通り取り組み、その過程で自分に必要だと思う知識・スキルを見いだし、自分に必要な科目を選択して学んでいきます。2年次、3年次で研究のレベルを上げていき、4年次の卒業論文の研究につなげます(図1)。

「未来創造プロジェクト」以外の科目も、1年次から実践中心の授業を構成しています。教員が一方的に話す講義型の時間を抑え、個人やグループで課題に取り組む時間を増やしています。さらに、すべての専門科目で、毎週課題を課して評価しています。本学部の学生の授業外学習時間は月平均100時間超で、全学部の中でトップです。

図1 2023年度入学生の専門科目のカリキュラムマップ
1年次後期からプロジェクト科目が配置されている。

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―すごい学習量ですね。

清木 1年次からの「研究体験連動型学習」を通じて、自分の進みたい分野を見極め、その分野では何が求められていて、自分には何が足りないのかを、自分で考えて学ぶというプロセスは、この上ない学習の動機づけになっていると実感しています。入学後の学習意欲が高いうちに、たとえ初歩的であっても「自分が新しいものを生み出した」という経験をすることで、イノベーションを起こすマインドセットも形作られていきます。実践を積み重ねながら学術を学び、スキルもマインドもスパイラルアップさせていくイメージです。

本学部では、目標達成に必要な学術が何か分かるよう、「AIクリエーション」「AIアルゴリズムデザイン」「ソーシャルイノベーション」の3つのコースを示しました(図2)。いずれも、データサイエンスにおいて重要な道筋であり、2年次後期に3つのコースからメインとサブの2つのコースを選び、学びを深めていきます。

図2  3つのコースの概要
「AIクリエーション」は、ビッグデータ活用やロボット応用などを学ぶコース。
「AIアルゴリズムデザイン」は、機械学習や深層学習などのAIアルゴリズムの基礎を学ぶコース。
「ソーシャルイノベーション」はデータビジネスでの新しい価値の創造を学ぶコース。
例えば、履修者がメインとして「AIアルゴリズムデザイン」を履修したとしても、そのスキルを社会のどんな問題解決に活用するかというプロセスには、別の知識が必要であり、サブメジャーとして、「AIクリエーション」や「ソーシャルイノベーション」を履修するというように、スキルとそれを実現させる方法を学べるようになっている。

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企業や研究者から直接、研究成果を評価される

―研究の軸となる「未来創造プロジェクト」について詳しく教えてください。

清木 1年次後期から3年次前期までの必修科目で、少人数ゼミ形式の授業となります。企業・官公庁との共同研究など、データサイエンスの分野横断した方法論で社会問題の解決に取り組みます。

学生は、学期ごとに1つのプロジェクトグループを選択し、教員の指導を受けながら個人でテーマを設定します。個人研究ではありますが、プロジェクトグループ内で学生が順番に研究内容を発表し、グループ全員で議論して、多様な視点で研究を深められるようにしています(写真1・2)。

写真1・2 学生が集う学部専用の研究エリア。壁のないオープンなつくりが特徴だ。各プロジェクトグループが集まるエリアは決まっているが、学生はグループを超えて自由闊達に議論している。

そして、年度末の成果発表会では、口頭・ポスターによるプレゼンテーションを行います(図3、写真3)。連携先の企業や、データサイエンス分野の他大学の教員らが審査員となり、優秀な発表者を表彰します。企業や研究者から直接評価を受けることは、学生の大きなモチベーションとなっています。

図3 成果発表のテーマ一覧(抜粋)
 学生の研究テーマは90にのぼり、経済や自然、農業、芸術、医療、教育など、幅広い分野にわたる。

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写真3 2023年2月に行われた「未来創造プロジェクト」の成果発表会では、連携先の企業約25社が参加。他大学の教員なども合わせて、学外から計81名が参加し、活発な質疑応答や意見交換が繰り広げられた。

―1年生で研究したいことが見つかるものでしょうか。

清木 その点は工夫しています。1年次の前期には、専任教員がそれぞれの専門分野を紹介するオムニバス形式の「データサイエンス学」を必修科目としています。データサイエンスに関わる基礎知識やスキルを修得するとともに、データサイエンスではどのような研究がされているか、社会にどう活用されているのかなど、様々なトピックを提供して、データサイエンスの全体像をつかめるようにし、自分が目指す方向性を考えられるようにしています(写真4)。加えて、1年次から、「未来創造プロジェクト」の授業や4年生の卒業論文の中間発表会などを見学し、研究内容を学び、自分たちがこれから志す研究や実践の方向性を考える機会をつくっています。

写真4 「データサイエンス学」の授業の様子
取材した日の授業科目は、「データと数理Ⅱ」だった。データサイエンスで重要となる「確率」を取り上げ、確率がデータサイエンスにどのように活用されているのか、例題を示しながら教員が説明。そして、「ソーシャルゲームで、ねらったキャラやアイテムを引くことができる確率を考える」という課題を提示。「グループのメンバーが利用しているソーシャルゲームを取り上げる」という条件を踏まえて、グループで取り組んだ。
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スピード感、プロポーザル、国際感覚も鍛える

―「研究体験連動型学習」の成果をどう感じていますか。

清木 学習意欲の向上もさることながら、学生がIT業界の様々なデータサイエンス実践のリアリティを体感できる点が大きな成果です。「研究体験連動型学習」では、社会、自然界、企業や自治体などが抱える課題をテーマにしていますし、その解決策を形にして発表するまでは1年とかかりません。データサイエンスに限らずITの世界では、構想から実装までのスピードが他分野に比べて圧倒的に速いのが特徴です。そのスピード感を学生時代に体感できることは、社会に出てからの大きなアドバンテージになるでしょう。

また、どの授業も実践型であるため、自分の考えや研究を他者に説明する機会が頻繁にあります。そこでは、単なる説明ではなく、自分の思いやメッセージを込めて、新たな提案をするプロポーザル型のコミュニケーションが鍛えられています。イノベーションを生み出し、それを社会に実装させるためには、情熱が必要であり、その情熱に魅力や将来性を感じて賛同する人が広がっていくものです。ポスターセッションや口頭発表を見ていると、学年が上がるにつれ、構想や情熱を他者にアピールするプロポーザルの力が養われていることを実感しています。

―「研究体験連動型学習」によって、様々なマインドやスキルが鍛えられている様子がうかがえます。

清木 マインドの面でもう1つ大切にしているのは、国際感覚の育成です。データサイエンスに限った話ではありませんが、どの学術においてもグローバル化が必須です。企業であれ研究であれ、海外での事業展開や外国人との協働は欠かせません。また、世界の最先端分野に敏感であるために、国際感覚も求められます。

そこで、教員が国際共同研究に参加し、その状況を学生に伝え、場合によっては研究への参加機会を提案します。本学には、アジアAI研究所が設置され、本学部の専任教員が所属しています。同研究所では、複数の国際プロジェクトが進行中です。「未来創造プロジェクト」でその研究の一端を担うこともあります。自分の研究が世界にどうつながるのか、国際共同研究とはどういうものかを体感できる機会です。その経験から英語が必須だと分かれば、英語を身につけるための学習のモチベーションにもなるでしょう。

私たちは、日本にとどまらず、海外も視野に入れて、世界のどこでも活躍できる人材を育てたい、それが本学のミッションである「世界の幸せをカタチにする」ことにつながると考えています。

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インターンシップ先の企業も、学生の実践力を高く評価

―学部設置5年目になり、卒業生も出ていますが、学部の様子はいかがですか。

清木 オープンキャンパスで高校生たちに本学部を紹介するのは、有志の学生グループです。入学したばかりの1年生もグループに参加し、6月のオープンキャンパスでは1年生が早速、本学部の特徴をプロポーザルしていました。また、本学部では毎週課題が課されますが、大学の学習に慣れていない1年生にとってはそれらにスムーズに対応できないケースも発生します。そこで、上級生の主体的な活動として、2・3年生の有志が1年生の学習をサポートしています。これは、学生間での協調的活動であり、互いに教え合うことにより学ぶという学習環境が定着している表れだと捉えています。

―2023年3月に1期生が卒業されました。どのような手応えを感じていますか。

清木 1期生はチャレンジ精神が高く、インターンシップもしっかり取り組んでいました。企業研究を綿密に行い、AIやDXなど、自分がデータサイエンティストとしてどう活躍したいのかを見極めて、就職先を選んでいました。彼らに話を聞くと「4年間の学業は、とても楽しかった」と話していました。コロナ禍の難しい時期でしたが、よく頑張っていたと思います。

インターンシップは2年次後期から行われますが、企業から「貴学部の学生は手を動かすのが早い」と評価を受けています。毎週課題に取り組み、実践を積み重ねている成果がそこに表れていると感じています。また、企業からインターンシップに関する問い合わせを多くいただいており、データサイエンス分野への期待の高さを感じています。学術の発展に加えて、社会の要請に応えて活躍できる学生を育てるのが、本学部の重要な使命です。

本人の意欲があってこそ、学生は成長します。本学部では、意欲をどう伸ばすかを大切にして、「研究体験連動型学習」を作り上げてきました。今でこそ軌道に乗ってきましたが、これまで様々に試行錯誤を重ね、改良してきました。その姿勢は今後も変わらずに、よりよい研究・教育を追究し、社会にイノベーションを起こす研究成果と人材を育てていきます。

取材日:2023年7月28日

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