教育フォーカス

 

【特集18】変わる学校教育、その変化の潮流と課題を読み解く~
「第6回学習指導基本調査」より~

[第1回] 第6回学習指導基本調査をどう読むか
~学びの質的転換と新学習指導要領の課題~ [1/2]

耳塚寛明先生

耳塚 寛明 ● みみづか ひろあき

お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系教授(教育社会学)
長野県松本市生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。
近年の主な研究課題は、学力格差、教育政策、教育調査等。
東京大学助手、国立教育研究所研究員を経て、現職。
この間、日本教育社会学会会長、朝日新聞社書評委員、お茶の水女子大学理事・副学長等を歴任。
『教育格差の社会学』(有斐閣、編著)、『学力格差に挑む』(金子書房、編著)、『学力とトランジッションの危機』(金子書房、共編著)等を出版。

1.学習指導基本調査の意義

学習指導基本調査の公表は、今回で第6回目を数える。1997年以降およそ20年間にわたって、学校での学習指導を観察し続けてきた。学習指導基本調査は、学校での学習指導の実態に迫る上で、次のような長所を備えた「基本調査」に成長した。前回調査の報告書でも指摘したが、再度述べて記憶にとどめておきたい。

第1に、学習指導基本調査は、全国サンプリング(標本抽出)調査である(第4回以降)。小・中学校は公立に限定して、高校は今回は私立も含めた全国の小・中・高校のリストから、都道府県別教員数に応じた抽出確率で無作為に学校を抽出している。校長調査票と教員調査票を準備し、それぞれ校長と教員(小学校については学級担任教員、中学校と高校については国語、社会〔地理歴史、公民〕、数学、理科、外国語のいずれかを担当している教員)に回答を依頼している。回収率は、小学校校長32%、教員27%、中学校校長36%、教員31%であり、小中学校については十分とはいえないが、高校(公立)では校長56%、教員54%に達し、郵送法による調査としては高い回収率を実現している。全国公立学校の学習指導と教員の意識の実態を大づかみで把握する上では、十分な調査である。

第2に、時系列的比較が可能な調査である。中学校対象の第1回調査が行われたのが1997年、翌年に小学校調査(第2回)が実施され、それ以降第3回(2002 年)、第4回(2007 年)、第5回(2010 年)と3~5年間隔で実施された。周知のようにこの間、教育政策はゆとりから確かな学力へと大きな路線変更をし、全国学力・学習状況調査が導入され(2007 年)、またPISAとTIMSS という学力に関する2つの国際比較調査の結果に人々の関心が集まるようになった。学習指導要領(小学校、中学校)の観点からみると、第1回と第2回は1989 年告示版、第3回と第4回は1998 年告示版の指導要領の下で調査は行われ、第5回は2008 年告示の新指導要領導入を間近に控えた移行措置期間中に調査された。第6回(2016年)は、現行の08年・09年告示指導要領が完全実施されている最中に実施された。16年は小・中学校の次期指導要領が告示される前年でもある。第1回と第2回調査は完全学校週5日制の導入前、第3回以降は導入後にあたる。教育政策の、こうした時代を画する変化の節目節目に調査は実施されており、調査結果の時系列的比較は学校教育の変動をつぶさにとらえたものになっている。

第3に、この調査は、児童・生徒の行動や意識ではなく、学校と教員を対象に、学習指導の実態とそれにかかわる教員の意識に焦点づけている。学習指導基本調査を名乗る以上それは当然のことなのだが、児童・生徒を対象とした調査に比べ、校長や教員を対象とした調査は実施が容易ではない。その結果、子どもを対象とした調査はおびただしい数に及んでいるのに対して、学校調査、教員調査は相対的に乏しく、学習指導の実態を浮かび上がらせることのできるデータは少数にとどまる。

第4に、ベネッセ教育総合研究所が小・中・高校生を対象として実施している「学習基本調査」との連携が可能な点である。「学習基本調査」は児童・生徒を対象におよそ5年ごとにこれまで5回実施されており、学校による学習指導と児童・生徒の学習行動・意識を関連づけて検討することができる。

第5に、学習指導基本調査は第4回までは小・中学校を対象として実施されてきたが、前回第5回調査から高校をも対象に加え、いっそうの充実をみた。高校は義務教育機関である小・中学校に比して、圧倒的な多様性によって特質づけられる。高校という同一の制度的枠組みの中に別系統の学校種別が包含され、学習指導の理念、目標、組織、実践等は、学科・ランクや上級学校との接続のありようによって、また地域別に、あるいは個別学校により、様相を著しく異にする。その多様性は、近年に至る多様化政策によっていっそう大きなものとなった。それゆえ、同一の質問紙による調査は困難をきわめる。しかしながら、わが国の学校教育が果たしている機能を全体として把握するためには高校調査が不可欠である。その知見は、高校における学習指導のあり方をこえて、制度としての高校教育についての議論を惹起する可能性をもっている。

総じて、学習指導基本調査は、民間の教育研究機関としては他に例のない、体系的かつ継続的な調査であるといってよい。学習指導基本調査が写してきた時代のスナップショットは、将来的な調査の継続によって、いっそう価値を高めていくだろう。

2.学力保証の時代の到来(第5回調査まで)

学習指導基本調査が実施されたここ20年間で、日本の教育政策はさまざまな変化を経験してきた(図1、および『第6回学習指導基本調査 DATA BOOK 小学校・中学校版』(以下、DB小中版と略す)p.34参照)。もっとも大きな変化は、第3回02年と第4回07年の間で起きている。その変化を象徴するのが、文部科学省が2002年に発表した「確かな学力向上のための2002アピール 学びのすすめ」である。「学びのすすめ」以降、教育政策は、ゆとり教育から確かな学力へと実質的な路線転換を行った。

表1 調査時点ごとの教育課題の整理

表1 調査時点ごとの教育課題の整理

※上記画像をクリックすると拡大します。

第5回目までの調査で見えてきたことを一言でいえば、この路線転換の現場への影響にほかならない。02年から07年の間が学習指導の転換点であり、学校教育目標に「学力」という言葉が現れる頻度が格段に大きくなり、また年間授業時数の増加と回復が見られた。総じて、第5回調査時点で見えていたのは、「学力保証の時代」の到来であった。第5回調査が行われた10年は、現行指導要領への移行措置期間の末期にあたる。その指導要領の眼目は、ゆとり教育路線のもとで減少した学習内容と学習時間の量的回復であった。そして学校教育現場は、指導要領導入の前にかかわらず、この政策的要請に見事に応えていたことがわかる。

そしていま、第6回調査(16年)の結果をどう読むか。量の次は質。20年度から導入される指導要領の骨格はすでに示されているが、そのポイントは、学習内容のスクラップは行わず維持したままで、学びの質の転換=「主体的・対話的で深い学び」へと転換をはかるところに置かれている。この学びの質的転換という観点を付け加えた上で、第6回調査で見えてきたことを予め要約的に示すと、以下のようになる。

①まずは量的側面。学習指導において、学びの量は、引き続き確保されている。

②学びの質的転換に関しては、小中学校では、ほぼ順調に進んでいるものの、高等学校では、まだ始まったばかりである。

 

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