教育フォーカス

 

【特集20】教育ビッグデータで、変わる教育!! 
岐阜市とベネッセ教育総合研究所との共同研究「学習記録の可視化
による学習意欲・基礎学力の向上プロジェクト」の取り組みから

第1回:
教育ビッグデータは、今まで見えなかった学びのプロセスを見える化する

益子典文先生

益子 典文 ● ましこ のりふみ

(プロフィール)
岐阜大学教育学部教授
筑波大学大学院修士課程教育研究科修了。博士(工学)。専門は、教育工学、科学教育。鳴門教育大学助手・助教授,岐阜大学総合情報メディアセンター教授等を経て、現職。共著に『教職実践演習 これまでの学びと教師への歩み―小学校・幼稚園編』(わかば社)など。

. 教育におけるビッグデータの活用についての特徴は、どこにあるでしょうか。

A. 全体の傾向だけではなく個人個人の変化を追うことが特徴といえます。

このプロジェクトでは、タブレット教材を中学生約300人に提供し、一定の期間活用してもらうことで記録される大量の学習記録データ(いわゆる教育ビッグデータ)を可視化して教育に有効に利用しようとする研究です。
 ビッグデータの活用というと、大量のデータの中からある期間・ある時点を切り取って、その全体の動向や傾向を探るもので、個々のデータの動きにはあまり関心が向きません。このプロジェクトのように教育における利用において、日々目の前の生徒の指導にあたっている教員がデータを見るときには、学校や学級の全体の動向だけではなく、生徒一人ひとりの変化や動向に目が向きますね。ある意味「矛盾」していて興味深いですが、集団の傾向に加え、個人個人の変化を追うことができるということが、教育ビッグデータにおいては重要な側面だと考えます。

. 学習記録データが可視化されると、どのような利点があるでしょうか。

A. それまでは気づかなかった、生徒一人ひとりの変化の発見につながります。

学習記録データからは、学習集団としての傾向と生徒個人の傾向の2つを把握することができます。
 教員は通常、教科指導やクラス指導、部活動の指導を始めとする教育活動、あるいは教員同士の情報交換などを通して、生徒一人ひとりを理解していますが、通常の教育活動では、学習中のプロセスの変化や家庭学習などの様子は、具体的には知ることができません。
 本プロジェクトの実践からは、生徒個人のタブレット教材を通じた学習への取り組み状況が可視化されることによって、「宿題をやった・やらなかった」や「問題ができた・できなかった」といった学習結果に加え,その結果に至るプロセスを教員が把握することが可能になりました。
 例えば、「Aさんは、比較的短い時間で解いて、きちんと正解している」や、「Bさんは最初は間違えていたが、何回かやり直して最終的に正解にたどり着いている」といった、個々のプロセスが見えます。「Bさんは、よくできると思っていたが、その裏には苦労しながら勉強しているんだな」ということがわかるようになります。
 今までは、気づくことができなかった努力や長所が見えるようになることが、生徒への理解を深め、生徒への見方を変えることができるという点に、大きな価値があると思います。

. 生徒の理解を深め、見方を変えることができることは、教師力を上げるという点では、どのような利点があると考えられるでしょうか。

A. 集団としての傾向と個人の変化をデータを通じてみることにより、生徒のイメージを、客観的なデータに基づいて柔軟に修正できるという点で効果的だと考えられます。

もちろん、今の教育活動で得られるデータは、校内の定期テストや実力テストなど各種あります。また、県や全国で実施される学力調査のデータもありますが、それらは児童生徒の様々な学習活動の結果のデータであり、回数や対象も限られています。日々の教育活動の中でしっかり生徒の様子をつかみ,指導するためには十分とは言えません。

益子典文先生

 しかし、タブレット教材の学習記録データからは、単元教材の単位で、日々の学習のプロセスと結果がわかります。微細な生徒の変化を把握しやすいデータであるため,教員は,様々な情報に基づいて形成した生徒のイメージとのずれを検証することができます。
 また、人は現在の変化を見ようとするとき、その時とその前の時点の変化を比べがちであり、ある一定期間のトレンドは意外と把握しにくいものです。タブレットから得られる連続的なデータなら一定期間のトレンドがわかることになります。ビッグデータで学習の様子を把握する意味は、客観的に過去をみる⇒連続的にトレンドをみることができる⇒それによって教員が自分の認識を常に修正することができるという点で効果的だと思います。

. 教員が見るべき学習記録データのポイントはどこで、生徒と共有するメリットはどこにあるでしょうか。

A. 生徒の「できる」変化に注目し、その点を褒めることで、生徒の学習意欲の向上につながります。

益子典文先生

教員は、可視化された学習プロセスの中から、生徒を褒めるポイントや改善点を見つけることが大切です。例えば、問題が解けたかどうかだけではなく、解き直しの回数に目を向けて、最後まで粘り強く取り組んでいるなど、褒めるポイントを見出します。あるいは、全問正解を続けていたのに、急に間違いが増えてきたという状況に目を向け、それらを声かけに反映させます。そうすると褒めてもらった生徒は「うれしい」と感じます。「どうしたの?」と声をかけてもらった生徒は「先生がそこまで見ていてくれている」と、向き合っている教材の先に、先生の存在が感じられることになります。

 学習記録を共有することで学習により前向きになる原動力につながるようにすることです。逆に、教員が生徒の「できない・やってない」にばかり注目してしまうと、生徒が取り組み続けること自体が目的となってしまいます。生徒の課題は、あくまでも教員が自分の指導を振り返り、改善する材料として活用すべきものだと思います。

. 教員が自分の指導を振り返り、改善する材料として活用することを支援するには、どのような情報が有効でしょうか。

A. 教科指導という面では運用している、「週間学習記録表」が役に立ちます。

図 週間学習記録表

図.週間学習記録表

※画像をクリックすると拡大表示します。

既に運用している「週間学習記録表」では、正解・不正解が1問ごとに示され、クラス全体の状況と、生徒一人ひとりに着目したデータの両方を示しています。
 まず、学習集団(クラス)に着目して自分の教科ができているかどうかをチェックすることは、大きな意味があります。
 クラス全体の平均正答率が赤く示されている部分は、多くの生徒が間違えていることを示しています。多くの生徒ができていない部分は、うまく教えられていない部分と言うことができます。教員は、この問題はなぜできていないのか、その理由を分析することで、指導改善に有益な課題を見出すことができます。
 このような教師による改善活動は通常,教室での観察やノート確認に基づいて推測していると考えられます。週間学習記録表は,その推測とのずれがないか,確認できる資料と言えます。テストや課題の正答率を設問ごとに見て、自ら推測した授業の成果とのずれはないか、そして授業で教え直したり、補足したりする必要がある部分はないかなどを検証することは、授業の質の向上を目指すうえで大切なことです。

 

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