NPO法人教育テスト研究センター(Center for Research on Educational Testing)理事であり、白鷗大学大学教授の赤堀侃司(かんじ)先生に、過去に先生が行ったデジタル教材の研究を振り返っていただき、これからのデジタル教材に求められていることについて講演をしていただきました。[第11-1回(前編)]の講演では、今までの研究の全体像とドリルタイプの教材についてお話しいただきました。今回の講演(後編)では、認知的な教材の効果や、過去の研究を踏まえて分かったことについてお話しいただいています。
ドリルタイプの教材は、優れた教材を反復させゴールへと導くシステムといえます。しかし、子どもは外部からの刺激に関係なく、いつの間にか言語を習得するなど、学習には行動主義の考え方では説明できないこともたくさんあると、批判されるようになりました。それから、人間はどのように理解し、問題を解いていくかというプロセスに比重を置く「認知主義」に基づくデジタル教材の学習支援方法が研究されるようになりました。
認知主義の考え方に基づき、学習者自身が疑似体験することで知識を習得できるのではないかと考えて開発されたのが、シミュレーションです。1997年に、私はシミュレーションタイプの英語学習ソフトを開発し、その効果を検証しました(木賀、赤堀、1997年)。学習者が「主語」「動詞」「その他」の3つに分けられた語彙群から好きな語彙を1つずつクリックすると、1つの文章が完成し、その文章に対応したアニメーションが自動生成されるというものです。例えば、語彙を選んで「ひげのあるおじいさんが、山に歩いていった」という英語の文章が完成すると、アニメーションでおじいさんが洞窟に行く様子が現れます。英単語を知らない小学生が使用したところ、相当数の英単語を覚えたことを実証しました。
画面上で学ぶべき単語をキャラクターが自分の代わりに体験(疑似体験)することで、学習者自身も学びやすくなることが分かりました。特に学習意欲の低い子どもには有効な手法であることが分かりました。また、長時間飽きなかったことも明らかになりました。ただ、効果を上げるには、ある程度繰り返しの練習が必要だということもわかったのです。
次に挙げるのは、コンピュータを取り入れた言語学習システムCALLです。CALL教材は、いつでも何回でも練習できる、学習者の履歴を細かくとることができるなどの利点があり、世界中で開発され、広く普及していきました。当時のCALL教材の多くは、複数の選択肢から解答を選ぶものが一般的でした。そこで、学習者が自由に入力したものを、コンピュータがどう間違えたかチェックするという教材を開発し、その学習効果について検証しました(楊、赤堀、1998年)。
この研究の結果、事前に人の誤りを大量に調査してデータベース化しておけば、かなりの部分の誤りをチェックすることが可能であることがわかりました。ただ、子どもに自由な文を入力するシステムを作り、その誤りを指摘するシステムの開発には膨大な労力が必要という課題もわかりました。
ゲームのロールプレイの考え方を利用し、ロールプレイの言語学習ソフトを開発し、その効果を検証しました(RISEプロジェクト、赤堀、1998年)。学習者に英語のネイティブスピーカーが登場するビデオを見てもらい、内容をヒアリングさせます。きちんとヒアリングできたのか理解度を測るクイズがビデオの中に設定してあり、学習者が選択肢から解答を選ぶと、その正誤によってストーリー展開が変わっていくという仕組みです。
この研究からは、自分の解答によってストーリーが変わるのは、興味を持たせるには効果的だということがわかりました。ただ、ドラマ仕立てのこのソフトは娯楽的要素が強く、学習効果を高めるには、「英語のヒアリング力をアップさせたい」など学習者の課題意識が必要だということも明らかになりました。
2で挙げたような認知的な教材であっても、ある程度たつと学習者に飽きられてしまいました。そこで、もっと良い方法はないかと考え、並行して研究したのが、状況論的に基づく教材です。現実から学ぶことのほうが、学習者にとって効果的ではないかと考え、実体験で役立つ知識を疑似体験から学ぶ教材を開発し、研究しました(欧、赤堀、1994年)。
この研究のきっかけは、台湾からの留学生が「テキストで日本語を勉強しても、どのような場面に、どのような発音で、どのようなしぐさで話していいか分からないので、マルチメディアで日本語教材を開発したい」ということが発端になりました。そこで、来日間もない留学生を集め、公共交通機関を使って「大学のある目黒区大岡山から北区赤羽のアパートまで帰る」という課題に取り組んでもらいました。アパートまでの道のりを、一方のグループには紙で、もう一方のグループには実際の行程を録画した映像で事前に学んでもらうようにしました。そして、それぞれのグループが大岡山から赤羽まで帰宅するまでの所要時間を測って、それぞれの学習効果を比較しました。その結果、映像を見たグループの方が、早く帰宅することができたことがわかりました。実体験で求められていることを、映像を用いて疑似体験させることで、より学習効果が高まることがわかりました。
過去の研究を振り返って分かったことをまとめると、下記の6点になります。
過去の研究やこれまでの教育実践を振り返ってみると、学習意欲が低い学生を振り向かせるためには、マルチメディアなどデジタル教材は非常に有効だといえると思います。また、紙とデジタルを分けて考えるのではなく、それぞれを活用シーンに合わせて学習する方法も良いと思います。
私は以前、大学の授業で携帯電話のメールで質問を受けました。90分講義を行っても、誰からも質問が上がらず一方通行の授業だったからです。メールを使うと、非常に良い内容の質問が学生から出てくるようになりました。良い質問がメールできたら、学生を指名し口頭で発表させ、議論を交わしました。すると、その学生は次の授業から一番前の席に座るようになりました。このようにデジタル教材は学びに参加させるきっかけを提供する方法として、とても有効であると考えています。
もちろん、興味を持たせるだけでなく、学びを継続させるための工夫も大事です。そこで、私が注目しているのは「励まし」です。私たちも困難な課題、難しい問題にぶつかったとき、1人ではくじけてしまうこともありますが、仲間がいれば乗り越えられることがあると思います。例えば、「頑張って」というメッセージを流したり、チューターのような存在が画面で応援してくれたりしたら、学習者は励まされるのではないでしょうか。
こうした工夫を積み重ね、継続的に学習させることで、子ども自身が学ぶことの面白さに気づく日が来るのではないかと考えています。デジタル教材がその一旦を担えるよう、これからも研究を続けていきたいと思います。[END]
教育に関する調査・研究データや教育情報誌、オピニオン、特集など、
サイトで公開している情報を検索することができます。
クリップボタンをクリックした記事を格納します。
※この機能をご利用する場合CookieをONにしてください。