教育フォーカス

【特集6】「学んだ情報の個人所有と学力や学習意欲の関係」に関する実証研究

[第1回] 仮説と分析、検証方法の枠組み

1.はじめに

デジタル化やグローバル化の進展など急速な社会の変化に伴い、学校教育においても情報を主体的に活用する能力の育成が求められている。子どもたちの主体的な学びを育むために注目されているのが、ICT(情報通信技術)の活用だ。現在、指導者用デジタル教科書を授業に取り入れたり、子どもたちの意見を電子黒板などに提示して共有したりするなど活用が広がっている。ただ、「紙メディアでは実現できない」というレベルでの活用方法はまだ少ないのが現状だ。

一方、ビジネスなどにおいては、パソコンやタブレットパソコン(以下タブレット)、スマートフォンなどは、業務の効率化を図るだけでなく、世界中から情報を収集してアイデアを出すことや自分の考えを相手に分かりやすく表現することなどにおいて、欠かせないツールとなっている。

今後、子どもたちにとってもタブレットなどが、学習に欠かせないツールになるのではないだろうか。授業中に子どもが記憶したり、ノートにメモしたりする情報量には限界があるが、タブレットなどを活用すれば、子どもが所有できる情報量は増加し、それらの知識を簡単に比較や整理し所有することが可能だ。そこで、私たちベネッセ教育総合研究所では、タブレットなどを活用し、学習方略に新たな可能性を加えることができれば、考えることに時間を割くことができ、21世紀型能力の獲得につながるのではないかと考え実証研究を行った。

2.仮説

2013年11月から12月にかけて、ベネッセ教育総合研究所は、総務省の「フューチャースクール推進事業」や文部科学省の「学びのイノベーション事業」の実証校を含め、授業でのICT利活用を先進的に実践している学校を中心に授業を見学し、ICTがどのような形で活用されているのかを調査した。各校に共通して見られた活用法の一つが、電子黒板を活用した効率的な授業展開と考える時間の創出だ。

そのなかで着目し研究の打診をしたのが、東京都世田谷区立砧南小学校、菊地秀文先生の実践だ。タブレットを協働学習に活用し、他の子どもの意見と自分の意見を比較することによって学習が深まり、紙だけの環境では学習に困難を抱えていた子どもの学習意欲が高まるといった成果が見られたという。

協働学習は、他者との関わり合いを通して、「自分の考えがグループに貢献している」「仲間に認められている」という自己有用感の涵養に有効だとされている。ただ、仲間から得た意見をワークシートに書き込む、壁新聞にまとめるなどにとどまり、結果や成果を個人所有する機会が少ない。また振り返る機会も限られるため、そこで得た他者のアイデアや知識が、個人の学習にどこまで影響を与えるかは説明できない面もあった。

そこで研究では、一人1台タブレットを用いることにより、子どもたちが協働学習の成果の所有を通して自己有用感を感じ、学習効果を高めることができるのではないかと仮説を立てた。

3.研究テーマ・概要

本研究は、協働学習の成果や情報を、タブレット端末に個人所有することが、学習効果にどう影響するのか、授業での実践を通して明らかにすることを狙ったものである。

研究の全体像
  • 実証校:東京都世田谷区立砧南小学校 6年3組
  • 授業者:東京都世田谷区立砧南小学校 菊地秀文先生
  • 実践期間:2014年2月26日~3月7日
  • 使用する機器:iPad 32台(一人1台環境)

今回、実証研究を行う6年3組では、2013年9月から一人1台のiPadなどが配付され、デジタル教科書や学習ソフトなどデジタル教材を使いながら授業を行っている。

実証研究は、主に定性的な社会調査手法の参与観察法を取った。また、授業の前後には、自尊感情や学習意欲、学習観、所有感についての紙筆アンケートを行い、変化を把握、各授業の後には児童へのインタビューを実施し、授業時の学習ソフトのログデータもとった。

4.授業と検証の流れ

6年生理科「人と環境」
砧南小学校6年3組 菊地秀文先生と当日の課題

砧南小学校6年3組 菊地秀文先生と当日の課題

研究対象としたのは、理科の「人と環境」の単元で、まとめの場面にタブレット端末を用いた協働学習を実施。活用した学習ソフトは、茨城大学人文学部鈴木栄幸教授、宇都宮大学教育学部久保田善彦教授、創価大学教育学部舟生日出男准教授が開発した「XingBoard(クロッシングボード)」である。このソフトでは、4台のiPadを利用して、複数の人の意見やアイデアを付せんの形で簡単に自由に送り合うことができ、意見やアイデアの協働形成を効率的に行うことができる。

タブレットにテーマごとの情報や自分の意見を書き込む。

(1)タブレットにテーマごとの情報や
自分の意見を書き込む。

グループで付せんに書いた意見を交換し合う。

(2)グループで付せんに書いた意見を交換し合う。

付せんに書いた意見を自分なりに整理する。

(3)付せんに書いた意見を自分なりに整理する。

1コマ目の授業では単元に関わる知識を一斉授業の形式で教授し、2コマ目の授業の前半は、前回の授業で得た情報を基に、自分の調べた情報をiPadに入力する。4つのテーマ(1.空気を通した人と生物の関わり 2.空気を通して人の生活が他の生物にどんな影響を及ぼすか 3.対策 4.上のことから思考したこと)について別々に考えをまとめるように指示されたため、児童は、1は緑色に、2は赤色、3は青色、4は黄色と色分けした付せんに、自分の考えを書き込む。

授業の後半は4人1組のグループになり、協働学習が行われた。

「XingBoard」には、無線LANを利用しグループ内でお互いの書いた内容を交換し合える機能があり、付せんに書いた自分が調べた情報などをチーム内で交換する。授業ではテーマ別に担当を分け、それぞれが教科書やインターネットから集めた情報を配付する。そして、付せんに書かれた全員の情報を同じものは1つに集約するなど、分類・整理を個々が行った。整理し終わったらその情報をグループ全員で共有し、意見交換を行った。

3コマ目には、チーム内の考えを受けて気付いたり考えたりしたことを書き加え、自分なりに整理・編集を行い、紙のプリントでまとめテストを行った。なお、途中途中でのまとめは、iPadのスクリーンショット機能を使って、データを保存している。そして、1週間後にまとめテストと同じ内容のテストを実施し、定着状態を確認した。

5.授業を終えての所感

子どもたちへの事前・事後アンケートで、「タブレットパソコンは私にとって( )だ」という質問を設けたところ、「勉強や学習のやる気をつける大切なもの」「楽しく勉強できる道具」「自分の意見をしっかり残すことのできるもの」と書いており、学習に役立つ道具として認識していることがうかがえた。また、タブレットに蓄積された協働学習の成果物についての質問では、「ダイヤモンドと同じ」「勉強の達成感を味わえるもの」「思い出をいつでも見られるもの」など、価値ある情報として認識していることがうかがえた。

菊地先生は、「従来は誰のものにすればよいのか分からなかった協働学習の成果物が、自分のデータとしてタブレット端末に蓄積されていくことは、子どもたちの達成感につながっているようです。特に学習が苦手な児童は、グループのメンバーから意見をもらうことにより、たくさんの知識を得た上で、考える力を磨くことができたのではないでしょうか。また、学習が得意な児童は、自分の意見が相手に役立ったという喜びを感じ、価値ある情報を持っていることに対して、自己有用感を感じているようです」と言う。

タブレット上で情報を整理・吟味し、意見交換をするためには、文章を短く端的に付せんに書いた方が、やりやすいと気付き実践できる児童もいた。子どもの表現する力や情報を処理する力が磨かれるだけではない。子どもが手元で全ての情報を一元的に扱えることで、情報が整理でき、考えを創っていく活動につながる様子もうかがえている。

今後、ベネッセ教育総合研究所では、先生方と協力して子どもへのアンケートとインタビュー、授業を撮影したビデオ、「XingBoard」のログデータなどを基にして、協働学習における学習成果を個人所有することの学習者への影響を中心に分析を進めていく予定だ。[END]

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