まずは、私が力を入れているワーク・ライフ・バランスの研究についてお話しします。 話題提供でも触れられていましたが、日本における労働時間は、以前より減ってはいるものの、国際的に見て今なお非常に長くなっています(図1)。
また、日本では、1997年以降、片働き世帯よりも共働き世帯のほうが多くなっています。つまり、夫(父親)は仕事、妻(母親)は子育て・家事といった、以前のような役割分担ではなく、ともに仕事や子育て・家事に向き合おうとする夫婦が増えているわけです。ところが、話題提供でデータが示された通り、子育て・家事は、依然として妻が中心的に担っています。内閣府のデータでも、日本における夫の子育て・家事時間は、他国と比べて非常に短くなっています。
こうした現状を見ると、日本のワーク・ライフ・バランスは多くの課題を抱えていると言えそうです。ただし、仕事と家庭生活の理想的なバランスは、人によって、また、夫婦によって異なります。そのため、ワーク・ライフ・バランスが保たれている状態は多様であり、定義するとすれば「自分の希望する状態」ということになります(図2)。
「乳幼児の生活と育ちに関する調査」(以下、本調査)と関連の深い研究としては、未就学児をもつ共働きの夫婦を対象とした疫学研究「TWIN study」を手がけています。 TWIN studyⅠでは、夫のワーク・ライフ・バランスが夫自身と妻の健康に、また、妻のワーク・ライフ・バランスが妻自身と夫の健康に、どのような影響を及ぼすのかを調査しました。 TWIN studyⅡでは、そうした夫婦間での影響に加え、夫(父親)・妻(母親)のワーク・ライフ・バランスの子どもへの影響、さらに、両親のワーク・ライフ・バランスに対する子どもの生活習慣や健康の影響を検討しました(図3)。
共働きの夫婦におけるワーク・ライフ・バランスを考える上では、「スピルオーバー(流出)効果」と「クロスオーバー(交差)効果」を観察することが重要になります(図4)。
スピルオーバー効果は、仕事から家庭、もしくは家庭から仕事への影響として表れます。例えば、仕事でうまくいき、よい気持ちで帰宅した場合には、ポジティブなスピルオーバー効果が見られ、逆に、仕事がうまくいかず、いらいらした気持ちで帰宅した場合には、ネガティブなスピルオーバー効果が見られます。
スピルオーバー効果は家庭に波及し、配偶者がポジティブな気持ちであれば家族もポジティブに、ネガティブな気持ちであれば家族もネガティブになりやすくなります。こうした、人から人への影響として表れるものが、クロスオーバー効果です。
夫婦ともにワーカホリック(仕事依存)だと、仕事でストレスが溜まり、ネガティブなスピルオーバー効果が家庭にもたらされます(図5)。夫婦間のコミュニケーションの質が変わり、ポジティブな内容よりもネガティブな内容が多くなります。すると、夫婦ともに相手からネガティブなクロスオーバー効果を受け、生活満足度が下がったり、心理的ストレスが上がったりするなど、心身に様々な変調が表れます。コミュニケーションの質の低下は、コミュニケーションの時間を長くしても、改善されません。
親のワーカホリックは、子どもにも悪影響を及ぼします。例えば、父親がワーカホリックである家庭の子どもは肥満になりやすい傾向があります(図6)。
一方、両親が仕事を楽しみ、活き活きと働いている家庭の子どもは、そうでない家庭の子どもに比べて、問題行動が減少することが分かっています。これは、両親が仕事で得た幸福感が家庭に影響し、情緒が安定するためだと考えられます。
本調査への期待としては、4つあります。
1つ目は、研究の実践への活用です。研究成果を政策に反映させたり、子育て支援プログラムを開発したりしていってほしいと思います。
2つ目は、世代間の関係性の解明です。子ども・母親・父親の関係性の長期的な把握により、子どもと親がともに育つプロセスを明らかすることを期待しています。
3つ目は、調査モニターの「脱落」防止です。私が手がけた研究として、さきほどお話ししたTWIN studyⅡは、当初、5年間継続する予定でしたが、途中から調査モニターの回答が思うように集まらなくなり、3年間で終わらざるを得なくなりました。縦断研究には、調査モニターの理解と協力が欠かせません。本調査のように十数年という長期にわたるものでは、脱落をいかに防ぐかの検討が、なおさら大切になるのではないでしょうか。
4つ目は、次世代研究者の育成です。長期縦断研究が実を結ぶまでには時間がかかるため、ベテランの研究者から若手の研究者へのバトンタッチも必要になるでしょう。若手を育成し、研究への参加を促すという視点をもつことが重要だと考えています。
【特集21】赤ちゃんの生活と育ちを追う〜乳幼児の生活と発達に関する縦断研究の挑戦〜
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