教育フォーカス

【特集6】「学んだ情報の個人所有と学力や学習意欲の関係」に関する実証研究

【第3回】見えてきた、全ての児童の学習意欲を向上できる可能性

1.はじめに

タブレット端末(以下、タブレット)を一人1台用いることにより、子どもたちが協働学習の成果の個人所有を通して自尊感情が育まれ、学習効果を高めることができるのではないか。ベネッセ教育総合研究所グローバル教育研究室ではこのような仮説を立て、公立小学校で実証研究を行った。

研究対象は、小学6年生理科の「人と環境」の単元で、まとめの場面にタブレットを用いた協働学習を実施。活用したのは、「XingBoard(クロッシングボード)」である。XingBoardは、4台のiPadを利用して、複数の人の意見やアイデアを付せんの形で簡単かつ自由に送り合うことができ、保存もできる。そのため、意見やアイデアの協働形成を効率的・効果的に行うことができる。

今回は、第1回、第2回で紹介したアンケートや学習状況をさらに分析した結果と得られた示唆について報告する。

  • 今回の研究体制
  • 参加者:東京都世田谷区立砧南小学校 菊地 秀文教諭(授業者)、
    宇都宮大学 教育学部 久保田 善彦教授、茨城大学人文学部 鈴木 栄幸教授、
    創価大学教育学部 舟生 日出男准教授、
    ベネッセ教育総合研究所グローバル教育研究室 中垣 眞紀、住谷 徹、土屋 利恵子

2.「勉強に自信がある」に注目し、見えてきたこと

第2回までのレポートでは、協働学習の成果や情報をタブレットに個人所有することが学習に良い影響を与えていることを分析してきた。また、児童の学習への向き合い方により、自他の情報を所有することに意識の違いがありそうだということも見えてきている。

今回は、タブレットを用いた協働学習の成果を個人所有することが、なぜ学習に良い影響を与えているか、その理由を探るために、授業の前後に実施した児童へのアンケートを分析した。そこで注目したのは、自尊意識に関わる項目として設定した「勉強に自信がある」のスコアの変化だ。

 

授業前と授業後で「勉強に自信がある」のスコアが変化したのは、27名中9名で、そのうちプラスに変化したのは6名だった。その多くが、第2回のレポートでも取り上げた「みんなでつくった『まとめ』が最終的に自分のタブレットに送られて来て保存できることはよい」というアンケート項目に肯定的な反応をしていた。一方で、「勉強に自信がある」がマイナスに変化した児童は同項目に否定的に反応する傾向にあり、両項目の相関は高かった。この結果から、自分や友だちの意見をタブレットに所有できることを肯定的にとらえている児童は、タブレットを学習に活用することで自尊感情が高まり、学習に自信を持てるようになった可能性がうかがえる。

ただ、今回の研究は母数が少ないため、統計的な有意性を示すことは難しい。そこで「自他の意見(情報)を所有できることを肯定的に捉えること」と「勉強への自信」を結びつけている内的・外的要因を探索的に見いだすことを目的として,児童の変化の様子を定性的に検討した。

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3.児童たちの学習状況の主な事例

「勉強に自信がある」がスコアアップした児童、ダウンした児童を対象とし、アンケート結果やインタビュー内容、学習結果(プリント内容)を振り返った。さらに、菊地秀文教諭に対象となった児童の学習状況についてヒアリングを行った。その何例かを紹介する。

■スコアアップした児童…Aさん

Aさんは、板書をノートに写す(視写する)のが苦手な児童である。日頃の一斉型の授業では、その場で自分から意見を出すことが難しいため、自ら挙手して発言することは少ない。しかし、タブレットを用いた協働学習では、友だちの書いている付せんの内容を真似ながらではあるが、自分の意見を書き込んでいた。

普段のまとめプリントでは白紙回答であることが多いが、今回のタブレットを用いた授業後のまとめプリントでは、習ったキーワードをしっかりと書き込んでいた。また、全く同じ内容のプリントを授業の1週間後に再度実施したところ、ほぼ同内容の記述があり、知識の定着が見られた(図1参照)。

授業直後のまとめプリント      一週間後のまとめプリント

スコアアップした児童…Aさん

図1 スコアアップした児童…Aさん ※原文のママで再構成

◎検討会での分析と考察

  • ・まず授業後のまとめプリントに書けたことが成果。また、自分で書いた意見がグループメンバーのタブレットにも存在できたことで、他の児童に自分の意見が承認され、価値ある情報を生み出せた(タブレットに所有できた)という感覚を持てたようだ。「勉強に自信がある」かについての回答が「あまりない」から「少しある」に変わり、自尊感情が高まる様子がみられた。
  • ・背景としては、苦手な板書を写さなくても他の児童の意見を瞬時にタブレットに所有できるため、たくさんの知識を得た上で考えることができ、その結果、知識が定着したと考えられる。
  • ・ただ、タブレットに所有した友だちの意見全てを理解するまでには至っていなかった。
■スコアアップした児童…Bさん

Bさんは、紙よりもデジタル機器を使うことを好む児童である。一斉型の授業ではあまり目立たず、学習への苦手意識もある。グループでの話し合いにも積極的ではなかったが、タブレットを使った協働学習では、操作面で得意な部分を発揮できることもあって、積極的にグループの話し合いを進めていた(図2参照)。

授業直後のまとめプリント      一週間後のまとめプリント

スコアアップした児童…Bさん

図2 スコアアップした児童…Bさん ※原文のママで再構成

◎検討会での分析と考察

  • ・授業後の児童へのインタビューでは「知っていることが増えて世界が広がり、授業が楽しいと感じられる」と発言。他の児童の意見をタブレットに所有できたり、インターネットで豊富な知識に触れることができ、情報の所有感が高まり、学ぶ意欲を喚起することができたと考えられる。
  • ・タブレットの操作が得意なため、話し合いをリードでき、グループの学びへ貢献していることが感じられた。
  • ・友だちの意見から気づきを得て、自身の学びに生かすことにはいたっていない。
■スコアアップした児童…Cさん

Cさんは、視写能力が高く、紙での学習が得意で一斉型の授業でも発言が多く活躍できる児童。タブレットの操作も得意で、話し合いのリーダーシップもとれる。自分や友だちのアイデアが書かれた付せんを自分のタブレット内にきれいに整理し、それらにどのような関係性があるのか見せ方にも工夫していた。まとめプリントでも詳しく授業の内容を書けていた(図3参照)。

授業直後のまとめプリント      一週間後のまとめプリント

スコアアップした児童…Cさん

図3 スコアアップした児童…Cさん ※原文のママで再構成

◎検討会での分析と考察

  • ・友だちの意見を理解しタブレットに所有するだけでなく、集まった付せんを自分が見やすいように効率良く編集することができるため、より内容理解が深まったと考えられる。
  • ・一週間後のプリントを見ると、図などを活用しつつ得られた知識を自分なりに再編集し、理解している様子もうかがえる。自他の知識の所有だけから、所有した情報を編集し、新しいアイデアを創造するといった段階に移りつつあるのかもしれない。
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■スコアダウンした児童…Dさん

Dさんは、視写能力が非常に高く、個人的な学習が得意な児童で成績も良好。タブレットにも自分の意見をたくさん書き込んでいた。ただ、コミュニケーションに苦手意識があり、グループでの議論では消極的で、どうしても友だちとぶつかってしまう。「勉強に自信がある」についての回答も、「とてもある」から「少しある」にダウンしている(図4参照)。

授業直後のまとめプリント      一週間後のまとめプリント

スコアアップした児童…Dさん

図4 スコアアップした児童…Dさん ※原文のママで再構成

◎検討会での分析と考察

  • ・友だちの意見を共有することで自分の意見が整理しづらくなり、ストレスを感じている様子である。第一回目のまとめプリントの質問1の記述量は少ない。
  • ・XingBoardを活用した授業ではグループでの活動が中心となるため教師から承認される場面は少ない。グループ内で自分の意見をうまく伝えられず、まとめに意見が反映されていないと感じ、自尊感情を得られなかったようだ。

以上のように児童の状況確認からも、「自他の意見(情報)を所有できることを肯定的に捉えること」と「勉強への自信」が相関する事がある程度裏付けられた。ただ、今回の検討会の前に想定していた、「学力の高い層が、自他の情報に対する所有意識が高い」という想定が、単純に図式化できないこともわかってきた。

タブレットを用いた協働学習での学びは、他の児童の意見を所有することで、知識の広がりを感じることができる。さらに、それを自分の言葉で編集することによって、自分のものと実感することができる。今回の研究では、それらの活動が学力層に関係なく起こり、自尊感情の高まりや、勉強の自信につながっていることがうかがえる。

また、デジタル機器などの活用能力やコミュニケーション能力の高低も、所有感による自尊感情の変化に影響する可能性がわかってきた。茨城大学の鈴木栄幸教授は、次のように語る。「デジタルの世界でも、インターネット上にあふれる情報を独自の価値基準で編集するキュレーターが活躍しています。多くの情報を扱えるタブレットを使った学びは、これまでの学校文化ではなかなか注目されていなかったキュレーション、つまり情報編集能力にスポットをあてると考えられます」

ただ、知識習得型の一斉授業で活躍していた子がこれまでのように目立てず、ストレスを感じる現象も起きている。そうした現象の対策を宇都宮大学の久保田善彦教授は次のように語る。「『XingBoard』などを用いた学びでは、タブレットの操作が好きではない児童や仲間とのコミュニケーションの苦手な児童も、力を発揮できるように、教師が彼らの意見を丹念に価値づけし、教室全体に紹介するなどの手立ても必要でしょう」

また、創価大学教育学部の舟生日出男准教授からも次のような提言があった。 「『あなたの意見を参考にすることで考えがまとまった。ありがとう』という意思表示ができたり、そのことが他の児童にも可視化できると、今回スコアが下がった子であっても価値ある情報を提供できていることが自信につながり、自己有用感を高めることができるのではないかと思います。」

4.まとめ(今回の研究結果)

本研究では、タブレットを活用した協働学習時における知識の所有感と自尊感情に着目し研究を進めてきた。今までの研究の中で見えてきたことをまとめると次のようになる。

  • ① 価値づけされた情報をタブレットに所有することは、学力層に関わらず学習者の自尊感情を高め、学習意欲の向上につながる。
  • ② タブレットを活用した協働学習は、編集能力に長けた児童の顕在化・活性化につながる。
  • ③ タブレットを活用した協働学習で学んだことを定着させるためには、共有で授業を終了するのではなく、個人での振り返りを組み込む事が必要。

これからの社会で求められているのは、従来のような知識型のテストで高得点を取る力に加え、自らアイデアを生み出し人と意見を交換してよりよいものに高めていく力である。菊地秀文教諭は「一人1台タブレットを用いた協働学習では、自他の情報を所有・編集しやすいため、知識を活用して問題を発見し、正解のない問いに対して、自分なりに解決策を見いだすことが重視される『21世紀型能力』の育成につながっている」と語る。

ただ、学習成果の振り返りや情報の再編集まで自力でたどりつけた児童は、多くはなかった。菊地秀文教諭は「友だちや自分の意見を振り返り、それらの持つ意味を考えながら情報を編集・加工していくというプロセスを、授業の中に加えることが重要です」と指導者側の課題をあげる。

「知識は与えられ覚えるものではなく、創っていくものだ」という知識観や「学習の結果やプロセスを振り返り、やってきたことを確認しながら進むことが必要だ」という学習観を持てれば、自分の成長を感じながら自信をもって学ぶことにつながるだろう。

今後は、タブレットに作成した情報をポートフォリオとして所有し活用することや、振り返りのプロセスなどについて検討していきたい。

なお、今回の研究については学会などで詳細を報告する予定だ。[END]

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