教育フォーカス

【特集13】大学での学びと成長 ~卒業生の視点から振り返る

[第4回]  社会人は、自らの大学教育の経験を通した成長をどのように認識しているのか ―若年層の「ゼミ・研究室活動」経験の自由記述回答から見えてきたこと [6/6]

Ⅵ.おわりに―得られた示唆のまとめと今後の展望

6-1)得られた示唆

以上、本稿で見てきた通り、社会人若年層の正課学習の「ゼミ研究室活動」での成長実感に関する言説分析から得られた示唆は、以下の3点である。


(1)学びへの向き合い方と学び方および学び合い経験の重要性

大学での成長実感に結びつきやすい17の内容要素の分類・分析結果から、「ゼミ・研究室活動」の経験において、社会人の成長実感につながり記憶に残るのは、学ぶ内容も重要だが、それ以上に、学び方や学びへの向き合い方や他者との学び合いの経験であることが明らかになった。延べ回答数が多かったカテゴリーAの項目②(一つのテーマやプロジェクトに集中し時間をかけて学び取り組み、自分なりにやり遂げまとめ上げる経験)の含まれる具体的回答記述を見ると、それ以外の項目との組み合わせで書かれている事例が大半であり、なかでも継続的で一貫性のある学習の中で、他者と学びあい、自発的思考力を磨き、自律性等を身につけていくことの重要性がわかった。


(2)少人数正課教育で改めて光を当てると効果的だと考えられる経験・活動・環境

ところで、本調査設計時に本調査準備のためのプレ調査結果を基に想定した「学びの印象」や「学びの機会」の設問項目と、今回自由記述から抽出した17の内容要素の多くは重なっていることが確認できたが、一方で、印象の強さや機会頻度の割合と、自由記述内容要素の回答順位の高いものが必ずしも一致しているわけでもないことも明らかとなった。

当初から想定していた項目の中で、社会人が成長をより多く実感していたのは、(あ)実社会や実経験の実感とそれらを通した学び、(い)自主性を尊重される環境、(う)負荷のかかる学修・思考経験、(え)学びの共同体や支援者の存在、そして(お)深い知識や研究スキルの学修経験といった、5つの経験・環境であった。

他方、自由記述回答から今回新たに抽出できた、成長実感に関わりの深い要素として拾い出せたのは、(a)継続的学修経験、(b)学習の統合作業、(c)自発的チャレンジと達成感、(d)自主自律の学修・行動経験、(e)(学内外の)多様な他者との交流経験、(f)口頭発表機会、(g)責任行動・経験、(h)幅広い知識・視点等の獲得の、8つの経験であった。

ちなみに、これらの取り組みはいずれも、これまでも大学教育で行われてきたものや、近年積極的に取り入れられている取り組みである。今回の調査から得られる示唆としては、大学での少人数向け教育・学修活動において、上述の学びの経験・活動等に、改めて光を当ててより一層意識的に取り入れたり、積極的にその効果を説明したりすると、学生の成長実感と結びつく可能性が高いと考えられる点であろう。


(3)大学での成長につながる経験とその効果を言語化して学生や社会に伝えること

本稿では、「特に成長を感じた経験はなかった」と回答した層のなかに、大学時代にはある程度の成長実感を持っていながらも成長を実感した特定の経験が思いつかなかったり忘れてしまったりしたケースも多く含まれる可能性が高いことも分かった。または、大学の正課教育のゼミ・研究室活動を通して何となく成長したと感じているが、その経験や成長の中身を明確には説明できないなどの層も存在していることも分かるなど、大学(正課教育)での具体的成長経験を言語化出来ない層が一定数以上存在していることが明らかとなった。

この一因として、大学側も、大学の正課学習の効果や意義を、上手く言語化して伝えられていないことについて、指摘した。大学での正課学習は、単に理論・概念としての知識を吸収するだけでなく、考えるプロセスや方法、研究や思考のスキル、多様で幅広い視野や協働力に関わる学び、自律的な学びなど多くの要素が含まれており、それらが成長実感につながっている。このような正課学習経験の意味・意義を、大学側は、学生や社会に対して、もう少しわかりやすく言語化して伝えていくことも、より積極的に行うべきであろう。

もちろん、これは、すべてを言語化して伝えるべきだということを述べているのではない。大学での学びにおいては、学生が自らつかみ取り会得する、暗黙知的で、伝えきれない部分をあえて残しておくことも重要だと考える。それでもなお、大学での学び方や学び合いの経験の意味や意義とそれを通した成長の可能性などについては、もう少し大学側も、言語化して伝える努力も必要なのではないか。

そしてそのためには、大学も、大学での学びや成長のあり方についてより理解し、学生にとっての各種の学修活動や経験の意味・意義を正しく把握していくことも重要となる。今回の調査のように、卒業生である幅広い社会人が、大学の学修や経験を振り返って実感している大学での学び・成長を広く調査する機会は、その意味でも有効な取り組みの一つであったと言えよう。

6-2)今後の展望

今後は、今回の「ゼミ・研究室活動」に限らない正課教育群の他の学修活動などでの成長経験についての分析を今後さらに進め、正課教育において学生の成長に結びつきやすい経験・活動等をより幅広く拾い出していきたいと考えている。

また、今回の研究グループの他のメンバーが進めている学生タイプ別の、効果のある成長経験の内容の違いなどについても分析してみたい。

さらに、今回は紙面の分量の都合上扱えなかった、企業経営者層を中心とする社会の、大学への人材・能力育成ニーズと今回の社会人個人の経験から抽出できる大学の教育効果の実感との関係性などについても、分析や考察を行ってみたい。


【引用文献】
バートン=ジョーンズ(2001)、野中郁次郎監訳、有賀裕子訳『知識資本主義―ビジネス、就労、
学習の意味が根本から変わる』日本経済新聞社
伏木田雅子・北村智、山内祐平(2011)「学部3,4年生を対象としたゼミナールにおける学習者
要因・学習環境・学習成果の関係」『日本教育工学会論文誌』35(3)、pp。157-168
松本留奈(2015) 「大学での学びは、社会で役立つのか―卒業生約2万人対象「大学での学びと成長に関するふりかえり調査」より―」 『ベネッセのオピニオン』第80回、ベネッセ教育総合研究所HP掲載
山田剛史(2016) 「第1回:大学教育は学びと成長を促進し、社会生活を支えてくれるのか」 『教育フォーカス』、【特集13】大学での学びと成長~卒業生の視点から振り返る、 ベネッセ教育総合研究所HP掲載

 
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