教育フォーカス

【特集34】外国につながる子どもの支援の充実に向けた日本語学習と教科学習

第2回 実践の現場から日本語指導と教科指導を考える①
茨城県 常総市立水海道(みつかいどう)中学校夜間学級

第1回では、文部科学省の調査データなどを基に、現状と課題を整理しました。続いて、学校現場やNPOへの取材を通して、指導・支援のあり方を考えていきます。
第2回では、常総市立水海道中学校の夜間学級を取材しました。同校は、茨城県内で初めて公立夜間中学を設置し、外国籍の生徒などに教科指導や日本語指導を行っています。開校にかかわった先生や、現在運営に携わる先生、同校の日本語指導にアドバイスをする専門家に、外国につながる子どもの支援の現状や課題についてうかがいました。

<お話をうかがった先生方>
常総市立水海道中学校夜間学級 副校長 岡野明彦
常総市立水海道中学校夜間学級 副校長

岡野明彦

下妻市立下妻中学校 教頭 小野澤弘之
下妻市立下妻中学校 教頭

小野澤弘之

水海道中学校夜間学級の開校にかかわり、設立後は数学と日本語の指導を担当。現任校では、国際学級の運営と指導助言を担う。
麗澤大学国際学部講師、茨城県教育委員会グローバル・サポート事業・日本語コーディネーター 井上里鶴
麗澤大学国際学部講師、茨城県教育委員会グローバル・サポート事業・日本語コーディネーター

井上里鶴

水海道中学校夜間学級では、教員に向けた日本語教育の研修を担当。

常総市立水海道中学校夜間学級 概要

開校 2020年4月
生徒数 29人(10代15人、20代9人、30代〜70代5人)(取材時)
生徒の国籍 日本、パキスタン、フィリピン、ブラジル、ベトナムなど
授業時数 週5日、1日4時間(うち日本語指導は、1年生8時間、2年生4時間)
入学対象 学齢以上を越えていて、①中学校を卒業していない人、②学齢期に義務教育を受けることができなかったために学び直しを希望する人、③在留資格のある外国人で、日本の義務教育に相当する教育を受けられなかった人
学習内容 昼間の中学校と同じ教科を勉強。学習の理解を支援するため、必要に応じて、日本語の支援を実施

日本語教育の専門家を招いて研修を実施

―水海道中学校夜間学級には外国籍の生徒が多いとうかがいました。開校にあたってどのような点に留意されましたか。

岡野 本校の夜間学級には現在、外国籍の生徒や不登校などで中学校に通えなかった生徒など、10代から70代まで29人が在籍しています。中学校の教科書を使った教科学習のほか、外国籍の生徒には日本語指導も行っていますが、日本語指導はあくまでも教科学習を理解するためのものです。一般的な日本語を学びたい人には、日本語学校などを案内しています。

小野澤 私は同夜間学級の立ち上げにかかわりましたが、教科指導の中で日本語をいかに教えるかは難しいところです。全国の夜間中学では、生徒の約7割は外国籍です。本校の開校に際して、様々な夜間中学を見て回りましたが、日本語指導はやはり必須だと感じました。しかし、公立中学校の教員は、基本的に日本語指導に関する知識や経験を持っていません。そこで、日本語教育の専門家である井上先生に研修を行っていただき、加えて模擬授業をオンラインで見ていただきました。

井上 同夜間学級での研修を通して、学校の先生方はやはり指導のプロであると感じました。私は普段、日本語教員を目指す学生などに教えていて、人前での話し方や見やすい板書の書き方、授業の時間配分なども指導しますが、先生方はそれらのスキルを十分にお持ちです。日本語を教える上で必要な知識を研修すれば、十分指導できると思いました。

教科学習の理解には、基礎的な日本語の習得は不可欠

―教科の授業ではどんな指導の工夫をされていますか。

小野澤 外国につながる生徒は、日本語能力が様々で、授業で使う言葉の理解が難しい場合が少なくありません。その点を補えるような工夫をしています。例えば、私は数学の担当ですが、1年目はポルトガル語を母語とする生徒が多かったので、板書では、日本語の漢字とひらがなに加え、ポルトガル語のカードを作り、重要語句が出てきたらそれを黒板に貼って説明しました。ところが、2年目は、生徒の母語が複数にわたったため、その方法はできず、やさしい日本語のみを使うようにしました。また、日本語の指導も担当していたので、数学の授業で使う日本語は、生徒が学習した日本語の語いだけを意識して使うようにしました。

井上 私は日本語をどう教えればよいかをサポートしましたが、教科指導と融合して指導されていたのは素晴らしいと思いました。

岡野 教科指導を通じて痛感しているのは、基礎的な日本語の重要性です。各教科の様々な概念を理解するためには、やはり日本語の基礎知識が必要です。井上先生に実際に授業を見ていただき、基礎的な日本語をどう指導すればよいかを指摘していただいたことがとても役立ちました。

井上 2年目の研修時は、先生方の日本語指導の場面設定がとても上手で、練習のバリエーションが豊富になっていました。さらに、教具を共有して指導方法を統一している点も有効だと思いました。一方で、学習したことを「残す」ことを改善点としてお伝えしました。「今日は何を学んだのか」「3か月間で何ができるようになったのか」などを振り返ることができるポートフォリオがあると、生徒は学習成果を蓄積しやすいからです。

小野澤 その点は、当時の大きな課題でした。生徒に「これは前の授業でやりましたね」と言っても、「そうだっけ?」といった反応が多く、学習が定着しないまま次に進んでいるケースが多かったのです。また、ひらがなやカタカナを書く練習ばかりではつまらないと思い、同時に聞いたり話したりする学習も取り入れていました。そうすると、書く学習の時間が減り、書く力が不十分なまま教科学習が進んでしまうようになってしまいました。その結果、学んだ内容を書いて残すことができていませんでした。井上先生の指摘を受けて、書くことの重要性を改めて感じ、初期指導では書く時間を増やすようにしました。

小学校の学習内容に戻り、理解度を確認

―生徒一人ひとりの教科学習のスタートラインが異なるといった難しさもあるのではないでしょうか。

小野澤 入学時点での生徒の学力差は本当に大きく、一般的な中学校に比べて10倍くらいの差があるイメージです。同じ中学1年生でも、母国で日本の高校レベルにあたる学習経験をした生徒もいれば、小学校にまったく通っていなかった生徒もいます。
 ある生徒に小学校で学ぶべき内容が抜け落ちていることもあり、1年目にはこんな失敗をしました。「体積を求める計算は、縦×横×高さですよ」と教えると、答えが正解だったので理解できたのだと思いました。ところが、その生徒と話していると、かけ算の計算はできるけれども、「体積」の概念を理解していないことに気づきました。同じように、小数や分数の概念を理解できていない生徒もいます。そこで、小学校の学習内容に戻り、算数ブロックなどを使って、数などの概念を理解しているかどうかを確認するようにしました。

岡野 今も各教科の授業では、具体物や映像を取り入れるなど、どんな生徒でも理解できるように工夫しています。それは、誰にでも分かりやすい学びをつくる、ユニバーサルデザインの授業に通じるところがあります。日本人の生徒への指導にも、その視点を生かした指導を行っています。外国につながる子どもを支援する中で、授業づくりにおいて重要な視座が得られました。

指導の連続性を持たせる教員連携の工夫

井上 日本語指導の現場では、指導者によって学習用語や文法用語の表記が異なるなど、指導内容がバラバラになり、生徒が戸惑うことがあります。その点、先生方はどのように連携していますか。

小野澤 本校が使用する日本語指導のテキストは、内容が時間で区切られていません。しかし、時間によって担当教員は異なりますから、複数の教員がどうすれば学習の連続性を保って指導できるかが課題の1つでした。1年目は、チーム・ティーチングの形態を工夫しました。具体的には、1時間目はA先生とB先生、2時間目はB先生とC先生、3時間目はC先生とD先生というように、前の授業に、授業を補佐するT2として入るようにしたのです。学習内容につながりを持たせられる上に、指導方法も共有できました。さらに、始業前に30分ほど打ち合わせをしています。「教えていたらこんな発見があった」「まさかここで引っかかるとは思わなかった」といった情報共有は、自身の指導に役立ちました。

相手の人格や文化などを尊重し、理解することが、教育の原点

―小野澤先生は、2022年度に下妻市立下妻中学校に異動されて、国際学級で指導方法などの助言をされています。国際教室の状況や課題をどのように感じていますか。

小野澤 本校の国際教室には、22人が在籍しています。夜間中学とは異なり、それぞれの在籍学級から授業を抜けてくる形で国際教室に来るため、常に同じ生徒集団で学ぶことができず、学習の連続性を保ちにくい難しさがあります。担当教員は、通常学級の教科指導や部活動指導などとの兼任なので、時間や労力の負担が大きい状況です。
 そうした課題がある中で、外国につながる子どもの支援においてまず大切なのは、教員の意識改革だと考えています。外国につながる子どもは、日本語を使うことが難しかったり、日本の文化や習慣を知らなかったりするだけで、母語では自分の意見を伝えることができる年相応の生徒です。特別な存在と見なさず、年相応の一人の人物として捉えてほしいと思います。

岡野 同感です。夜間中学の授業を見て、「教育の原点だ」と言ってくださる方は多いのですが、私もそう感じます。それは、日本語教育に限らず、相手の人格や文化、習慣、宗教といったものを尊重し、理解しようと努めた上で、どうすれば成長を支えられるかを考えることで、初めて教育は成り立つと考えています。そうした姿勢がないと、相手は心を開かず、教員を理解しようとしません。夜間中学での指導を経験して、そう強く感じました。

個別最適な学びを実現するデジタル教材の開発に期待

―今後、国際教室での支援を充実させるためには、どのような施策やツールの開発が必要だと考えますか。

岡野 一般の中学校では、外国につながる子どもの支援を行う教員が絶対的に不足していますから、その数を増やすことは必要でしょう。さらに、日本語指導に関して専門的な知識を持つ人材の育成も重要です。

井上 同校での指導がうまくいっているのは、教員に教科の指導力があった上で、日本語を指導する知識をプラスできたからだと思います。開校当初、日本語指導を初めて経験する先生方が、「どうすればもっとよい指導ができるか」と試行錯誤をする中で、日本語指導と教科指導がうまく結びついたのではないでしょうか。

岡野 確かに、自分の教科の専門性がありつつ、日本語指導の知識を持つスペシャリストが中心となって指導方法などを広げていけるとよいと思います。

小野澤 国際教室の課題を突き詰めると、教員が「何をどう教えたらよいかが分からない」ということになりますが、その課題の解決のためには、生徒が個別最適な学びを進められるデジタル教材があると非常に有効です。外国につながる子どもは、学力や日本語能力の個人差が大きいため、それぞれのレベルに応じた出題や、支援をしてくれるデジタル教材が非常にマッチします。そうして個々に学び進め、どうしても分からない問題について、デジタル教材ではカバーできない部分を教員に質問するという形が有効です。さらに、日本語学習の進度に応じて教科学習で使われる語いも広がっていくというのが理想的だと思います。このような指導が実現できれば、外国につながる子どもの支援は大きく変わると思います。

岡野 教員の人材不足が課題となる中、誰が指導を担当してもある程度の成果を出せる教材やカリキュラムが開発されると、外国につながる子どもの支援においても大きなプラスになります。

井上 日本語指導と教科指導が結びつき、同時に学び進められる教材が開発されることを期待します。

―最後に、外国につながる子どもの支援を持続可能なものとしていくために、大切と考えることをお聞かせください。

岡野 まずは夜間中学や国際教室に対する理解が進むとよいと思います。外国につながる子どもの支援を日本の学校教育の中にきちんと位置づけた上で、人材育成や教材開発などを進めていくことが大事ではないでしょうか。

小野澤 私も意識の変革が出発点になると思います。さらに、夜間中学に関しては、教員が異動して変わりますから、赴任した教員に開校の理念を引き継いでいくことが大切だと考えます。

井上 お二人のお話を聞いて、日本語指導の専門家が学校と連携して取り組みを支えていくことの大切さを改めて感じました。また、お二人が話されていたように、意識を変えることも求められていると思います。日本には多様な人たちが暮らし、多文化共生社会を実現する必要があることを、次世代を担う子どもたちに伝えることが、持続可能という観点からも大切ではないでしょうか。

―本日は、ありがとうございました。

第3回は、「実践の現場から日本語指導と教科指導を考える②」として、NPO法人での実践についてお話をうかがいます。

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